あなたと私の恋の行方
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小谷と由香の何気ない会話を聞きながら、ふと柊一郎は思った。
(ついこの前まで、俺は西下の存在さえ知らなかった)
そもそも小谷が女性社員に『いつでも驕る』なんて言ったことがあっただろうか。
常に誤解を与えないよう注意していた男が、西下には気を許している。
(小谷の気持ちを変えるなにかが、西下由香にあるんだろうか)
柊一郎は丁寧にクリームをすくう由香をちらりと見た。
幸せそうな、嬉しそうな表情は見ていて飽きない。
見ているこちらまでが温かくなってくるようで不思議な気分だ。
弟の見合い相手だというのに、こんなにも気にかかっている自分にも驚いた。
(面白いだけじゃなかったな)
八歳も年下の部下に目を細めている自分が、なんとなく年寄りに思えてきた。
いや、意地でも西下由香を『部下』として見ようとしているのだ。
この気持ちの行き先を、柊一郎は考えないことにした。
「さて」
自分の気持ちを切り替えてから、柊一郎は小谷と西下を前に話し始める。
企画部で受け持つ仕事の中に、地方自治体と共同で各地の名産品や特産品を売り込むものがある。
手堅い仕事だから、それをきっかけに大手デパートや流通システムまで幅を広げることもできるのだが、将来的には先細りしそうな分野だ。
「高齢化が果物農家にも影響がある。これは、小谷が身をもって教えてくれたんだけどな」
「ええ、僕の父親の実家は瀬戸内海の小さな島なんです。島全体がミカン畑です。海岸線の近くから山の上まで、全部ミカン」
「うわあ、見てみたいです!」
「ミカンが実るときれいだよ」
小谷の話を聞くと、柊一郎も島全部がミカンに覆われている美しい島の風景を見たくなってくる。
「でもね、働く人は大変だよ。島の高齢化がどんどん進んでるから、うちのじい様も山の上まで行くのが辛いって言ってる」
「そうですか」
「最近、トロッコを導入してチョッと楽になったって言ってたけどね」
いつもは必要なことしか話さない小谷も、実家がからむと雄弁だ。
「東京では物流や生産の数字でしか考えないし、実際の暮らしぶりが見えないからな」
思った以上に深刻な問題だと知ってから、柊一郎も考えを改めた。
「まあ、都会に住んでるとミカン山のトロッコなんて一生見られませんし」
小谷は理解が進まないことが残念そうだ。
「日本の果物の輸出はミカンから始まっているって、もっと知ってもらいたいですね」
「これから、そんな過疎になりそうな各地のデータを集めて行こうと思ってる。協力してもらえるかな?」
西下由香にも、この地味な仕事に共感して欲しかった。
「私にできることなら、なんでも言ってください!」
予想以上に張りのある声で答えてくれたのでホッとする。
「頼むな」
「はい」
「ところで西下、お前この週末空いてるか?」
「大丈夫ですよ」
「この前お前が言ってたマーマレードが気になってしょうがない。作ってくれないか?」
「私の自己流ですが、よろしいですか?」
怪訝そうに首を傾げている。
「小谷の故郷で、オレンジに似た新しい品種を生産しているんだ」
「わあ! 新しい品種ですか?」
「ただ、形が不揃いなものもあるんだ。それをマーマレードにしたらどうかなと思って」
加工食品なら不揃いなものでも十分な商品価値があるし、コストダウンもできそうだと小谷も賛同しているアイデアだ。
「私のレシピでよかったら、やらせてください」
「じゃ、決まりだな。土曜日に会社の調理室を使う許可を取っておこう」
新品種のオレンジは小谷が調達して、それ以外の材料は西下が準備する。
それを小谷が車で運ぶ手筈が整った。
西下由香の表情は自然とほころんでいるようだ。
新品種のオレンジへの興味なのか、無意識のうちに心が弾んでくるのを抑えきれていないのだろう。
見合いの日に見た緊張した顔とは全く違う、柊一郎が見ても綺麗だなと思えるくらい柔らかな表情だった。