あなたと私の恋の行方



***



エプロン姿の由香とラフな服装の柊一郎のやり取りを見ていた小谷は、思わず『新婚みたい』と突っ込みそうになったが、口を継ぐんだ。

ここは会社の調理室だし、柊一郎が結婚になんの希望も持っていないことを知っているからだ。

(でも、まさか佐野先輩が西下由香に興味を持つなんて)

すぐに甘い匂いが漂ってきたが、柊一郎は仕事より由香のそばで手元を見ていることに集中している。

小谷の故郷では高品質な柑橘類を生産しているが、これからは品種改良がもっとすすんでいくだろう。
後継者が少なくなっているから、長期的に安定した収入を得る方法を考えていた。

そのひとつとして佐野に相談したのが、加工食品になるものを契約栽培する方法だ。
大河内ホールディングスのような大きな会社と提携できたら、将来の展望は明るいものになりそうだ。

小谷が聞くともなくふたりの様子を伺っていると、果物の話で盛り上がっている。

「最近は温暖化の影響もあって、地方では柑橘類の新品種を作り出す様々な交配がおこなわれているそうだ」

小谷が佐野に伝えたそのままだった。

「これから新品種が続々誕生するよ」
「楽しみですね~」

ホーロー鍋の様子を見ながら、由香が感心したように頷いている。

「西下も果物のことはかなり詳しいよな、農学部だったけ」
「え、英文科です」

「好きなものに詳しいっていいことじゃないか」

佐野が笑っているのを小谷は久しぶりに見たような気がする。その顔はずいぶんリラックスしているようだ。

「ありがとうございます?」

佐野の言葉はフォローだろうかと疑問な表情のまま由香が答えていると、また佐野が笑った。
会社の女性社員が見たらひっくり返りそうなくらい、いつものクールさは鳴りを潜めている。

「ところで、マーマレードはパンに乗せて食べるのがおすすめかな?」

「もちろん美味しいと思いますし、紅茶に浮かべたりバニラアイスやヨーグルトに添えてもいいです。あ、お肉を焼いた時のソースにも利用できますね」

「へえ、そんなにバリエーションがあるんだ」
「肉……」

小谷はその単語を聞き逃さなかった。

「西下さん、これから肉を調達してきますから作ってください」

「は?」
「西下、コイツは腹減ってるみたいだから昼飯代わりに作ってやってくれるか?」

「わかりました」
「じゃ、チョッと買い物に行ってきます」

小谷はお腹もすいていたが、少し企んでもいた。

(せっかく楽しそうなんだから、ふたりきりにしてやろう)

肉好きは本当だが、お節介な気持ちの方が強かったかもしれない。




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