あなたと私の恋の行方



佐野部長の指示もあって、搬送先は部長の知人が勤めている救急病院に決まった。

部長が来るまでは、私が付き添った。
自分の母が何度も入院しているからこの緊張した空気に慣れてはいたが、心細くてたまらない。
もしお母様になにかあったらと思うと背中を冷や汗が流れる。

ひとりで待合室の固い椅子に座っていたら、いつのまにかグッと手を握りしめていた。

病院の玄関から入ってくる佐野部長の姿が見えた時は思わず叫んでしまった。

「部長!」

走り寄って、その胸に飛び込んだ。

「ありがとう、西下」
「よかった、来てくださって」

部長にしがみついたら、涙が溢れそうになってきた。

「ありがとう」

もう一度、低くて柔らかい佐野部長の声が耳元で聞こえた。
部長の息がかかると、自分がどんな体勢なのか気が付いた。

「す、すみません! つい」

慌てて離れようとしたが、部長にがっちりホールドされてしまう。

「いや、助かったよ」

ポンポンと部長に背中を軽く叩かれると、なんだか身体が痺れた様な気がしてくる。

不思議な感覚だった。

(ずっとこのままでいたい……)

この気持ちはなんだろうと思っていたら、佐野部長から心配そうに尋ねられる。

「義弟とは連絡が取れないんだ。いったい家でなにがあったんだ?」

すべてを話すべきか一瞬だけ迷ったが、正直に佐野家での出来事を伝えることにした。

家を訪ねたら百合絵さんという女性がいたこと、佐野さんと言い争っていたこと。
それから彼女が家を飛び出して行ったので、慌てて後を追いかけてもらったらお母様が倒れたこと。
順序よく話したつもりだけど、佐野部長に伝わっただろうか。

不安になって部長の顔を見上げた。

「すまなかった」

眉間に皺を寄せていても、なんだか辛そうに見える。

「君には話しておかなければと思っていたんだ」

佐野部長がなにか大事なことを話しかけたところで、看護師から呼ばれてしまった。

「ちょっと待ってて」
「はい」

医師からの説明があるらしく、部長は診察室に入っていく。私は家族じゃないから、中には入れない。

またポツンとひとりで待っていたら、部長がさっきよりやつれた顔で部屋から出てきた。

「義母は入院して手術することになった。もう遅いから君を送って行くよ」

どこか表情の暗い佐野部長が心配でたまらない。

「入院の準備をしなくちゃいけないし、さてなにから……」

ため息をつく部長の言葉を聞いて、ついお節介にも口を挟んでしまった。

「よかったらお手伝いしましょうか。母の入院で慣れているので」

「いいのかな、君に甘えて」

佐野部長の顔がパッと明るくなった。
男の人には入院の準備なんて、わからないことがたくさんあるのかもしれない。

「助かるよ」

そっと佐野部長の手が私の肩に触れた。なんだかそこだけがカッと熱くなった。

「いえ、あの」

「ああ、ごめん。じゃあ、タクシーに乗ろうか」

パッと手を離してから私を見る佐野部長の目が、いつになく温かい。

(どうしよう、部長が優しすぎる……)




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