あなたと私の恋の行方
それは、とても優しい抱擁だった。
(なんで? どうして? 救急車を呼んだご褒美?)
経験値の低い私には、抱擁の意味すらわからない。
思わず、もう一度佐野部長の顔を見上げた。それが何の合図になるかも知らずに。
ふいに唇に何か触れた。
(えっ⁉)
目を見開いたら、部長の顔が近い。
今度は強く唇を吸われたので思わず眼を閉じた。
(ああ、キスされてるんだ)
佐野部長のキスはきっと上手なんだろう。なにしろ経験値の低い私には判断材料がないのだから。
されるがまま、唇をおもちゃのように弄ばれている気がした。
優しく、しつこく、くすぐったく、激しく。
それが、ちっとも嫌ではない。
長いこと待ち望んでいたプレゼントを受け取っているような気分だ。
「西下、俺にしとけ」
唇を離した佐野部長が、私に言った。
(その意味はなに? 部下? 恋人? 愛人? それとも、結婚相手?)
痺れた頭の中をいろんな言葉が通り過ぎていくけれど、部長の答えを聞くのが怖かった。
私はなにも考えられないまま、ただ佐野部長の胸にしがみ付いていた。
***
月曜日がこんなに待ち遠しくないのは社会人になって初めてだ。
昨夜は帰宅が遅かったから腫れぼったい唇を両親に見られずにすんだが、キスの余韻はまだ残っているし睡眠不足の目元はごまかせない。
(会社でどんな顔をしていようか……)
ポーカーフェイスができる程、私の神経は図太くなかった。
案の定、ロッカールームで咲子が声を掛けてきた。
「おはよ、由香」
「あ、おはよ」
「あれ、眼が赤いよ、もしかして寝不足?」
「うん、チョッと遅くまで本読んでて」
なんとか誤魔化す。
「由香、仕事のし過ぎなんだよ、たまには外ランチに行こう」
「あ、ありがと。そうだね、今日のランチは外に食べに行こう!」
「よかったら、お店選んどくわ」
睡眠不足が仕事のせいだと思われたのは心外だったけど、お昼休みは佐野部長を避ける口実ができてしまった。
ホッとして、仕事を始める。
視線はつい部長のデスクに向いてしまう。
朝からずっと席は空いているから、今日は外回りなんだろう。
(いけない、しっかりしないと)
頬を叩きたくなったけど、私はなんとかパソコン画面に集中した。