あなたと私の恋の行方
佐野部長への恋心を自覚した私に、思いがけないことが起こった。
社外取締役から内線電話が架かってきたのだ。
『西下由香さんだね。急いで役員室まで来るように』
一方的に告げられて、電話は切れた。
平社員が役員室に呼ばれることなどまずないのに、どういうことだろう。
(それに社外取締役って森田さんだったかな? どんなお顔だったっけ)
私の知識では名前くらいしか思い浮かばない。
かなり緊張しながら、役員室のドアをノックした。
「企画部の西下由香です」
中に入って一礼すると、森田社外取締役は上から下まで私をゆっくりと眺めている。
(気持ち悪い)
ねっとりとした嫌な視線だったが、表情に出すわけにいかない。
「森田です」
尊大に構えたまま、つまらなそうに名乗られた。
「西下さん、君についてある忠告があってね」
「はい、なんでしょう」
森田社外取締役は信じられないことを長々としゃべった。
社の内外で、私が女の武器で仕事を取っていると噂されているというのだ。
さすがに黙って聞いてばかりではいられない。
お祖父さまや伯父さまの名誉にも関わってくる話だ。
「キチンと調べていただければおわかり頂けると思いますが、私は普段からチームで仕事をしております。そんな個人プレーはいたしておりません!」
普段は小心者かもしれないけど、こんな謂れのない侮辱は聞き逃せない。断固とした強い態度で否定する。
「でもねえ、君の直属の上司から裏付けも取れているんだよ」
「えっ⁉」
私の直属の上司といえば企画部長になるから、佐野柊一郎部長のことだ。
思いがけない名前が告げられたことで気持ちが動転した。悔しくて、目の前が真っ暗になっていく。
再調査をなんとか約束してもらって、その場はおさまった。
ただし、何日か有給休暇を取るように言われてしまう。
(なんで……なんでこんなことに)
トボトボと企画部に帰る途中で同期の苫屋咲子に出くわした。
「どうした? 由香、顔色が悪いよ」
「咲子」
思わず今の出来事を咲子に話してしまった。
「え~⁉ そんな噂聞いたことないよ。なんで真面目な由香がそんなことになってるの?」
「佐野部長も認めたって……」
「ますます怪しいよ、それ!」
咲子は否定してくれるけど、社外取締役は自信満々だった。
そんな噂が流れているかもしれない企画部に戻りたくなくて、気分が悪くなったから早退すると伝えて欲しいと咲子に頼んだ。
「わかった。デスクに置いてるものを持ってくるから、由香はロッカーで待っててね」
頼りになる咲子に会えてよかった。
彼女を見送ってから、私は女子ロッカーに力なく歩いて行った。