あなたと私の恋の行方
さすがに一流ホテルとあって、お料理も飲み物も高級なものばかりで目の保養になりそうだ。
鴨のオレンジソースは大好きだから食べすぎないように。
生ハムメロンもとろけそうなほど口どけがいい、さっぱりとしたグレープフルーツをソースに使った魚料理も捨てがたい。
そして、欠かせないのはイチゴ。
最近はクリスマスシーズンがイチゴの旬になっちゃったけど、やっぱり春に似合うフルーツだ。
会場に並べられている真っ赤なイチゴは、どれも大粒で有名な品種だ。
ひと口で食べられそうなタルトの白い生クリームの上に、ドンと乗っているのは壮観だ。
(美味しそう……)
悲しいかな、私にはこの場で大きな口を開けられるほどの度胸はない。
それに上品にナイフで切ってフォークで上手く食べられるほどマナーに自信がない。
紺のワンピースに白いクリームが落ちた所を想像しただけで恐ろしい。
(イチゴのタルトは諦めて、もっと食べやすそうなものがないかな)
未練を断ち切るようにデザートのテーブルからくるっと振り向いた瞬間、顔面に衝撃を受けた。
「いたっ」
目の前には濃いグレーのスーツがあった。
振り向いた瞬間に、胸だかお腹だかわからないが筋肉と激突したらしい。
「大丈夫?」
低くて甘い美声が聞こえた。
私の肩に手を置いて、気遣ってくれているのがわかる。
「大丈夫です。こちらこそ、不注意ですみません。スーツ汚していませんか?」
両手で顔を覆いながらその声の主を見上げた。
(さ、佐野しゅういちろう……)
そこに立っていたのは我社の佐野柊一郎企画部長だった。
「顔、大丈夫?」
「へ、平気です。これ以上鼻は低くなりませんから」
「ハハッ、面白いこと言う人だね」
「し、失礼します。ホント、すみませんでした」
料理を食べるどころではない。ペコリと頭を下げてその場から逃げた。
(こんな豪華なパーティーに平社員が出席してるのがバレたら大変だ)
だが、廊下に出てから気が付いた。佐野部長ともあろう方が営業部の平社員なんかのことを知ってるはずない。
(しまった! 焦って、逃げ出すんじゃなかった!)
今夜の楽しみだったフルーツの料理やデザートに未練が残りまくる。
一度出てしまった以上、会場には戻りにくくて、その日は早々に引き上げた。
後日、滅多にない機会を逃してしまったことを千也君と千紘ちゃんに話したらメチャクチャ受けた。
「由香らしいね~」
「色気より食い気のおこちゃまだね~」
千紘ちゃん曰く、有名な佐野部長にぶつかったなら普通はチャンスだと思うらしい。
ご馳走が心残りだと話すと『だから由香ちゃんには恋人ができないのよ』と散々な言われようだった。
ふたりだってそろそろ結婚相手を決められそうだとボヤいていたのに、笑ってる場合じゃないはずだ。
「どうせ私はお子さまです」
「いやいや、そこが由香のいいところだから」
慰められた気がしなくて、ちっとも嬉しくなかった。