開けずの手紙ー完全版ー/長編呪い系ホラー【完結】
聞こえたあの時の言葉
聞こえたあの時の言葉
”…あの文面を見て正直、背筋が凍った。俺が彼に謝罪なり、彼の記憶に沿った対応の訂正を認めなければ、逆恨みは実態を帯びると…”
抽象的な言い回しではあったが、前後の文脈と照らし合わせうがった見方をすれば、”呪う”という2文字も連想できてしまう、かなりディープなメッセージであった。
そしてその申し出期限はジャスト1年…。
”あの時はさすがに迷った。定年退職まで数年だったし、こんなことで退官の花道を汚したくなかった…。そこで、気心の知れた教師仲間に相談したんだったな”
丸島が相談した相手は30年近くの教師仲間である、体育を教える男性教諭和田シンゴだった。
何しろ和田とは気が合う仲で、趣味を通じた私的な付き合いや家族ぐるみでも長く交流が続いていた。
”彼とは教育者としての理念もほぼ共通していた。つまり…、鬼島則人への対応を相談すれば、俺と同じ考えが返ってくることは最初から分かっていた。つまり、俺の腹の中では単に自己肯定のアリバイ作りに過ぎなかったのかもしれない…”
丸島の想定通り、その体育教師は鬼島への翻意、謝罪の意は必要ないという意見だった。
もっとも、暗に条件付帯のニュアンスは含ませてのものであったが…。
ただし、過去2回では、あくまで既定事実として書面なり電話なりで”考え”に変わりのない旨の意思発信は残して置くべきだったと、強く指摘された。
***
”それは彼が、今後警察に届け出る局面になれば、こっちの意思表示を明確に示した足跡がないと、説得材料に欠けるという見解からだったはずだ。そこで俺は、遅まきながら今回はその返答を出すべきかと尋ねてみたのだが…”
「…うん。今さらって感じだが、最低でも一度は突っぱねた形跡がないと、万一、迷惑条令とかの適用を見込んでも弱いよな。それに、彼の要求そのものは情状面で向こうが強いだろうよ。コトの真偽を突きとめるのではなく、こっちの態度になる。むろん、教育者たるものの毅然とした姿勢は安易には譲れない。これはずるい考えだろうからオフレコだが、この手紙以降、鬼島がアンタへの”逆恨み”に基づく何らかのアクションを起こしたことを想定して、法と権力がこっち側にって流れは読み込んでいかないと…」
結局、二人の結論は、丁重な文書で過去2度のスルーはスルーにあらず、同窓会での意思表示に変異のない所作であることを添え、逆恨みの行使に付随する行為は絶対に留まるよう願っているとした主旨を、内容証明郵便で返送することにした。
しかし…、これも所詮、目線はかつての教え子の心情よりも、自分の身とその際、味方にすべき警察や司法に向いていたのではなかったか…。
***
丸島の返信に対する鬼島からの反応は全くなかった。
そして、その翌年の”いつもの日”にも、”彼”からの手紙は届かなかったのだ。
”オレが和田にその旨を告げたら、先方が折れたんだろうと楽観視していた。ここは様子を見ようと…。そして次の年もその日がやって来たが、鬼島からの郵便物はなかった…。それから半年か…。もう忘れかけていたのに‥”
確かに彼は鬼島則人の”手紙”は終わったと内心、決着をつけていた。
こちらからの”返事”を入れて2年、2回続けて”要求”が来なかったのだ。
実際にここ数か月は、”鬼島に関する記憶”…、彼と就職先を巡ってやりとりをしたらしい”記憶”については頭から無くなっていた。
ところが…。
***
数時間前、居酒屋で水野洋輔から”過去の教え子に自殺者はいないのか…”
と詰問されたその時…。
”あの瞬間…、当時赴任していたT高校の物理室が突然脳裏に映ったんだ。オレは明らかに男子生徒と面談していたが、その生徒の顔は見えなかった。なぜなら、オレの視界には、教室の入り口から見える二人が映し出されていたのだから…”
そして…、”それは聞こえた”。
はっきりと…。
≪…鬼島、”彼”の方が内申も偏差値も上なんだよ。ここの企業の採用ボーダーラインなら、キミより彼を斡旋することになるよ。他にも求人はきてるから、良く検討してみなさい≫
それは”当時”の”自分の声”に間違いなかった…。
”…あの文面を見て正直、背筋が凍った。俺が彼に謝罪なり、彼の記憶に沿った対応の訂正を認めなければ、逆恨みは実態を帯びると…”
抽象的な言い回しではあったが、前後の文脈と照らし合わせうがった見方をすれば、”呪う”という2文字も連想できてしまう、かなりディープなメッセージであった。
そしてその申し出期限はジャスト1年…。
”あの時はさすがに迷った。定年退職まで数年だったし、こんなことで退官の花道を汚したくなかった…。そこで、気心の知れた教師仲間に相談したんだったな”
丸島が相談した相手は30年近くの教師仲間である、体育を教える男性教諭和田シンゴだった。
何しろ和田とは気が合う仲で、趣味を通じた私的な付き合いや家族ぐるみでも長く交流が続いていた。
”彼とは教育者としての理念もほぼ共通していた。つまり…、鬼島則人への対応を相談すれば、俺と同じ考えが返ってくることは最初から分かっていた。つまり、俺の腹の中では単に自己肯定のアリバイ作りに過ぎなかったのかもしれない…”
丸島の想定通り、その体育教師は鬼島への翻意、謝罪の意は必要ないという意見だった。
もっとも、暗に条件付帯のニュアンスは含ませてのものであったが…。
ただし、過去2回では、あくまで既定事実として書面なり電話なりで”考え”に変わりのない旨の意思発信は残して置くべきだったと、強く指摘された。
***
”それは彼が、今後警察に届け出る局面になれば、こっちの意思表示を明確に示した足跡がないと、説得材料に欠けるという見解からだったはずだ。そこで俺は、遅まきながら今回はその返答を出すべきかと尋ねてみたのだが…”
「…うん。今さらって感じだが、最低でも一度は突っぱねた形跡がないと、万一、迷惑条令とかの適用を見込んでも弱いよな。それに、彼の要求そのものは情状面で向こうが強いだろうよ。コトの真偽を突きとめるのではなく、こっちの態度になる。むろん、教育者たるものの毅然とした姿勢は安易には譲れない。これはずるい考えだろうからオフレコだが、この手紙以降、鬼島がアンタへの”逆恨み”に基づく何らかのアクションを起こしたことを想定して、法と権力がこっち側にって流れは読み込んでいかないと…」
結局、二人の結論は、丁重な文書で過去2度のスルーはスルーにあらず、同窓会での意思表示に変異のない所作であることを添え、逆恨みの行使に付随する行為は絶対に留まるよう願っているとした主旨を、内容証明郵便で返送することにした。
しかし…、これも所詮、目線はかつての教え子の心情よりも、自分の身とその際、味方にすべき警察や司法に向いていたのではなかったか…。
***
丸島の返信に対する鬼島からの反応は全くなかった。
そして、その翌年の”いつもの日”にも、”彼”からの手紙は届かなかったのだ。
”オレが和田にその旨を告げたら、先方が折れたんだろうと楽観視していた。ここは様子を見ようと…。そして次の年もその日がやって来たが、鬼島からの郵便物はなかった…。それから半年か…。もう忘れかけていたのに‥”
確かに彼は鬼島則人の”手紙”は終わったと内心、決着をつけていた。
こちらからの”返事”を入れて2年、2回続けて”要求”が来なかったのだ。
実際にここ数か月は、”鬼島に関する記憶”…、彼と就職先を巡ってやりとりをしたらしい”記憶”については頭から無くなっていた。
ところが…。
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数時間前、居酒屋で水野洋輔から”過去の教え子に自殺者はいないのか…”
と詰問されたその時…。
”あの瞬間…、当時赴任していたT高校の物理室が突然脳裏に映ったんだ。オレは明らかに男子生徒と面談していたが、その生徒の顔は見えなかった。なぜなら、オレの視界には、教室の入り口から見える二人が映し出されていたのだから…”
そして…、”それは聞こえた”。
はっきりと…。
≪…鬼島、”彼”の方が内申も偏差値も上なんだよ。ここの企業の採用ボーダーラインなら、キミより彼を斡旋することになるよ。他にも求人はきてるから、良く検討してみなさい≫
それは”当時”の”自分の声”に間違いなかった…。