隠れ御曹司の愛に絡めとられて
「何か食べれそう? 中華粥作ったんだけど。どう?」
「……いい匂い」
「ふふっ。いい匂いなのは、亜矢さんの方だよ?」
「……は?」
名前を口ずさまれ、私は思わずうろたえた。
教えたっけ……?
いや、教えた、多分間違いなく。
ああそうだ、思い出した、自己紹介したね、一言一句違わないやつ。
でも私は……彼の名前を覚えていない。
きっと昨日、聞いているはずだ、でも、覚えていない……。
あと……サラッと、私がいい匂いとか言った? 言ったよね??
名前の件で青くなったあと、思わず頬が熱くなる。
まずい。感情が忙しすぎる。
「あの、えっと……」
「少しでもいいから、食べて。さ、ここに座って」
ホテルマンのように椅子をサッと引いた彼に促され、私は仕方なくそこへ腰を下ろした。
目の前には中華粥が美味しそうな匂いの湯気を上げている。
ほんのり香るごま油の香りが食欲を刺激したのか、急に空腹感を感じた。
私は手を合わせて「いただきます」と口ずさみ、レンゲを粥へと沈める。
細かく裂いた鶏肉と、赤いのはクコの実だろうか。彩りにネギの緑が添えられている。
この人、男なのに私よりもきっとずっと料理が上手そう……、どう言うことだ……。
もはや敗北感しか感じない……。