隠れ御曹司の愛に絡めとられて
言い返せないのが悔しい。
結局うまく彼の言葉にのせられて、会うことになってしまった。
退社する人たちが通る中、そわそわしながら待ち合わせ場所である一筋隣の道へと向かう。
もうそこには、にこにこ笑顔の彼が待っていた。
私を見つけるなり、相変わらずの人懐っこい笑顔で私に向かって小さく手を振ってる。
「亜矢さん、お仕事お疲れ様~」
「……う、うん」
「何か食べに行こう~」
「う、ん……」
「あ、もしかして、僕の料理の方が良い?」
「……」
問われて、思わず無言になってしまった。
無言になってしまったのは、食欲が全くないからで……。
「え……? もしかして、ほんとに僕の料理が良かった?」
「いや、あの、えっと……」
「僕はどっちでも良いよ? 僕の手料理が良いならこれから作るし」
「ごめん、そうじゃなくて……、実はあまりお腹空いてなくて」
「……亜矢さん。何かあった?」
「……え?」
「顔色があまり良くない」
鋭いな、と思いながら「そう?」ととぼけてみる。
彼の表情からふわふわの笑顔がスッと消えて、真剣な顔で私を覗き込んだ。
「ちゃんと食べてる?」
「……まあ、ほどほどに」
「ちゃんと寝てる?」
「……まあ、そこそこ」
適当な返事を繰り返す私に、彼は小さくため息をついた。
そして、私の手を握って、歩き始める。