隠れ御曹司の愛に絡めとられて
彼の勤務先は住んでいる雑居ビルから徒歩で数分らしい。

勤務先に向けて並んで歩いているところだ。

すぐ迷子になるから、と言われて、またしても私の右手は彼に拘束されている。

絡む指に意識を持って行かれそうになるのをなんとか耐えながら、彼の職場までの道のりの風景を記憶することに集中する。


足を止めるのと同時に「着いたよ」と言われて、ハッとして顔をカエデくんへと向けた。

誇らしげに「ここが僕の職場」と指さした先は、とても雰囲気の良いカフェだった。

意外なような気もするし、しっくりくるような気もする。


「……ここ?」

「うん、そうだよ」


ふんわりと優しく笑うカエデくんに、心臓がなぜだかぎゅうっとなる。

この子の笑顔はあまりにも心臓に悪い。


どうぞ、と促されて開店前のカフェのカウンター席の片隅に座り、私は店内をぐるりと見渡した。

シックで落ち着いた雰囲気の店内はとても居心地が良い。

なるほど、彼はいつもここで働いているのか。

出会った当初に想像していたものとはあまりにも違って、改めてとても失礼な思い込みをしていたことを反省する。

< 192 / 227 >

この作品をシェア

pagetop