隠れ御曹司の愛に絡めとられて

絡めとられて


「篠宮商事でさ、亜矢さんが入社してすぐに大きな式典があったでしょ?」


楓くんは、そう話を切り出した。

式典――私が会社に入社してまだ一ヶ月ほどしか経っていないピカピカの新入社員の頃の行事だ。


「うん、あった……」


秘書課に配属され、役員のそばでガチガチになりながら突っ立っていたことを思い出して、今でも思わず冷や汗が出そうになる。


「僕もあの場にいたんだけど。……覚えてない?」

「……え、そうなの?」


あの日の記憶のほとんどは、緊張しすぎて引きつった笑顔しか作れなかったり、変な言葉遣いになって泣きそうになったり、手が震えて飲み物をこぼしそうになったり――そんな自分の失態ばかりだ。

けれど……。

懸命に記憶をたどれば、なんとなくだけどいろいろと思い出せるもので……。


「……あ」


そう言えば社長のご家族も式典にいらっしゃっていて、社長夫人にご挨拶させていただいた時に、確かひとりの青年が夫人の傍らにいた記憶が……。

間違いなく彼にも挨拶をしたはずだ。

でも、どんな風に挨拶をしたのかは全く記憶にない。

あの時の青年が、楓くん……?


「ふふ、思い出してくれた?」

「……うん、ちょっとだけ」

「僕はいまでも鮮明に覚えてるよ」

「うわ……っ、恥ずかしいからやめてっ」

「ふふ、なんで? 亜矢さん、あの時からすごく綺麗で可愛くて、」

「思い出さないでってば!」


緊張しまくってひどい状態の私を懐かしそうに語るのは本当に勘弁してほしい。

いますぐ楓くんの記憶を改ざんしたい。


「僕はあの時、亜矢さんに一目惚れしたんだよね」

「……ええ!?」


あの状態の私に!? うそでしょ!?

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