轍(わだち)〜その恋はお膳立てありき?
そう言えば、清乃の着せられていたあの高そうな着物はどこに行ったのだろうか?

あれは強制的に着せられたとはいえ、滋子の私物もしくは高級レンタル品で、返品必須であることは間違いない。

寝落ちした際に、誤って高価な着物にソースなどを付けてしまってはいないだろうか?

清乃は、更なる罪を重ねてしまっている可能性を認識して、震え上がった。

ちなみに、ガッツリ囲われたタカシの腕の中から清乃はまだ抜け出せてはいない。

「朝からニヤけたり青ざめたり忙しいな」

頭側から聞こえてきた声に、

「タカシ様。おはようございます」

と清乃は顔を上げて、続けてお辞儀をした。

「タカシ様?」

「料理長もそう呼ばれていましたし、私も一宿一飯の御恩にあやかりましたので敬意を示さねばと···」

「そんなものは不要だ」

不機嫌そうに眉根を寄せるタカシは、一度“懐に入れた”相手には、遠慮なく接してほしいタイプなのかもしれない。

「ところで、私の着ていた着物はいづこに···?もしかして無意識に自分で脱いで、クリーニングに出したりなんかは···」

「してない」

今の今まで、あれほどガッチリ抱え込んでいたはずなのに、タカシはあっさりと腕を外してベッドから起き上がった。

そんなタカシの様子から、彼は寝る時には、抱き枕かそれに代わる女性がいないと眠れない質なのだろうと、清乃は勝手な烙印を押した。

「変な妄想で、俺の尊厳を勝手に脅かすのはやめろ」

一を見て十を察するタカシのその千里眼には脱帽だ。

「着物は···君のところの社長に送り返しておいた。今から朝食が運ばれてくる。清乃もそこにある服に着替えろ」

“やっぱりスパダリの俺様かよ”

タカシが室内灯をつけたことにより、部屋の中の全貌が明らかになった。

昨日、初顔合わせの席で考えていたスイートルームそのもの、いやそれ以上だ。

「いよいよ破産宣告の時が近づいて···」

「···社長に払わせる」

震える子鹿のように肩を震わせ、脳内ではお金の工面に走って落ち込んでいた清乃だったが、タカシのその名案に、ぱっと表情を輝かせた。

「···本当に面白い女だな」

“来ました!面白い女発言”

これまた、乙女ゲーム、TL界隈では多用される“面白い女”。

これは、誰にも心を開かない男性攻略対象が、主人公に興味を持ったとされる合図。

しかし、清乃は知っている。 

リアル3次元男は、そんなことは思っていないし、文字通り“珍獣”だと認識したということを。

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