轍(わだち)〜その恋はお膳立てありき?
「そんな風に、清乃に愛されている絵師とキャラクターは···幸せだな」

目を細めて、儚げに微笑む千紘は、俯くと長い前髪が垂れて、いつもの牛乳瓶眼鏡プロデューサーである千紘の片鱗が見えてとれた。

「なんの取り柄もないタダのオタクとは大違いだ」

なんと、俺様テンプレイケメンの素顔は、牛乳瓶眼鏡陰キャプロデューサーの方が本体だったのだろうか?

「タダのオタクとは、どなた様のことですか?千紘様?」

千紘は笑って答えないが、否定しないということは“是”なのだろう。

「オタクにタダのオタクはおりません。推し道にはもちろん秀でていますが、好きなジャンルを通じて様々な分野の情報に通じています」

オタクは情熱的だ。

偏った性癖をリアルにまで追求しようとした一部の人間のせいで、悪い方に勘違いされてしまうことのある気の毒な蔑称とも言える。

「たとえば、私には大人しくて目立たないようにしている隠れ敏腕プロデューサーの知り合いがいるんですけど、彼は私が見るに完全なるアニメかゲームオタクです」

驚いたように顔を上げる千紘は、陰キャと俺様イケメンの中間を行き来していて面白い。

「彼は、とにかく目利きが凄い。完全に消費者ニーズを把握していて、どこがゲーマーのツボになるかを熟知している。そういったオタクがオタクを救うのです。そんな彼を私は心の底から尊敬しています」

ペンタブのペンをひたすら動かし、画面を見つめながら話す清乃に、千紘は驚いたような表情を一瞬見せたが、

「本当に清乃はブレないんだな」

と笑って、自らも、どこからかともなくノートパソコンとペンタブレットを取り出した。

こいつも人斬り秘書の兄弟(忍)なのだろうか?

「俺は、清乃の描くキャラクターも好きだよ」

訝しむ清乃に、さり気なく殺人ワードをぶっ込んでくる千紘。

いくら根っこは陰キャよりとはいえ、俺様テンプレイケメンが時折放つ、突然のデレは破壊力が凄い。

「も、もしかして、狼犬《ウルハイ》のデフォルメキャラ達のことを言ってます?私、二次創作は得意なんですけど、自慢できる物では···」

戦国系乙女ゲームには、ガチャ石などを集めるためのイベントに登場する、本体をデフォルメされたミニサイズのキャラクターが登場する。

狼犬《ウルハイ》は等身大のキャラクターやリアル寄りの背景は得意だが、逆にデフォルメされたキャラクターはあまり得意ではないらしい。

そのためミニチュア版のキャラデザは清乃にお鉢が回ってきたのだ。

「愛すべき狼犬《ウルハイ》の初メジャー作品に参加できて、私、心の底から幸せなんです。だからこそ、狼犬《ウルハイ》様のファンを裏切らないように、満足のいくクオリティに仕上げないと···」

「そういうことなら、俺も本気を出さなきゃな」

そう言って、スラスラとペンタブレットを操る千紘が、デジタル画を描くところを見るのは、清乃は今回が初めてだった。

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