轍(わだち)〜その恋はお膳立てありき?
「ほれ、ご飯だよ。全く···あんたたちはいつも寝食忘れて作業に没頭するんだから」

「滋子」

滋子はあたかも、自分が心配して昼食の準備をしてくれたかのように話しているが、全ての段取りは勿論、春日によるものである。

「ちょっと、滋子ったら、随分大きなリーサルウェポンを隠してたわね。驚き過ぎて仕事が手につかないじゃない」

「その割には、ノリノリでリテイクに取り組んでるわよね?」

「だって、狼犬《ウルハイ》、いや、千紘さんから直々に指導が受けられるんだよ?あー、今までの私、かなり損してたんじゃないかなー。こんなに近くに尊師がいたってのに···」

ブツブツと持論を述べる清乃は、持っていたペンタブのペンを下ろすと、春日の準備したアールグレイティーとBLTサンドに手を付けた。

「贅沢言ってんじゃないわよ。あんた、近くに狼犬《ウルハイ》がいると知ったら仕事にならなかったでしょうが!」

それはそうかもしれない。

先刻までの清乃は、神絵師である狼犬《ウルハイ》を虚像のような神として崇め奉っていた。

姿を表さないこともあり、その人は、三次元に実在しない“AI”のような、Unrealな存在ではないか、と思っていたところもあったからだ。

だが、俺様イケメンタカシ→牛乳瓶眼鏡陰キャプロデューサー千紘→狼犬《ウルハイ》鷹司千紘、と段階的に、その人となりを知ることができたことで、彼自身の良さを理解できたと思っている(上から目線)。

「実はこの人、めっちゃ警戒心が強いのよ。私も春日も、ようやく2年前に口説き落として一緒に仕事ができたくらいだもの。あんたみたいな真性信者に初めから心開くかっつーの」

なるほど、滋子は、清乃と千紘の性格を鑑みて、あの回りくどい出会いを演出したというのか、ご苦労様。

「狼は警戒心が強いらしいもんね、狼犬もそうだって聞くし。···ってことは千紘さんも警戒心強い?」

「人と物によるな」

狼犬《ウルハイ》のファンになって、清乃はその名前の成り立ちにも興味を持ち、狼犬のことを調べてみたことがある。

狼犬として認定されている2種は、日本では生体販売されておらず、カナダから輸入出来る1種も、飼育するためには都道府県の許可がいるらしい。

肉食である狼の血を引く狼犬。

狼の血が濃いほど警戒心が強く、主を信用するまでに時間もかかり、散歩や餌、他人との関わり方などたくさんの課題があるという。

「あー、でも、どちらにせよ、私は初めに馴れ合うつもりはないって言われたもんなぁ、問題外か···残念」

ボソリと呟いた清乃の言葉は、いつのまにか己のパソコンを取り出し、仕事を始めていた滋子のキーボードを打つ音と混ざり合い、儚く散った。

< 26 / 73 >

この作品をシェア

pagetop