轍(わだち)〜その恋はお膳立てありき?
「ここが作業場ですか?」

「ああ、こっちは主に絵の作業場として使っている」

憧れの狼犬《ウルハイ》の作業現場に突撃レポート、と意気込んでいた清乃だったが、パソコンとタブレット、資料と思われる本の数々が並べられた本棚以外は何も見当たらずに呆然としていた。

「何だ?俺が自分の描いた絵を部屋中に飾るナルシストだとでも思ってたのか?」

考えてみればそうである。

デジタル画を描く絵師ならば、ラフ画以外の絵はパソコンに保存してあるはずだし、敢えて印刷して飾らなくても、そこを開けば何度でも自作品を確認できる環境にあるのだ。

自分の作品やグッズを飾っている漫画家の部屋をテレビ等で見かけることはあるが、自己評価が低そうな千紘が同じことをするとは思えない。

かくいう清乃だって、自分の絵を部屋に飾ったりはしていないのだ。

狼犬《ウルハイ》の作品は、何枚も飾っているけれど。

「そこのパソコン内のデータなら見てもいいぞ」

「マジデスカ!」

明らかに意気消沈した清乃に、千絋は救いの手を差し伸べた。

パソコンを立ち上げ、慣れた手付きでデータを取り出し、イラスト原画を披露する千絋。

その一点一点に、興奮した様子で感想を述べる清乃がいた。

パソコンチェアに座る清乃を、千紘がバックハグしている状態なのだが、興奮してイラストに集中する清乃は全く状況を理解していない。

千紘の腕の中で、可愛らしく喜びを表現する清乃は、甘く耽美な匂いがして、千紘の心は揺れている。

昨日も、同じベッドに眠って感じていたこと。

“この柔らかく愛しい存在を閉じ込めておきたい“

初めて感じた確かな想いに、千絋は内心、戸惑いどうすればいいかわからない。

途方に暮れる男心は、千紘が長年培ってきたポーカーフェイスと、清乃の並外れた鈍感さ故に、目の前の清乃には全く伝わっていないのだった。

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