轍(わだち)〜その恋はお膳立てありき?
意識がだんだん覚醒してくると、不思議と遠足や部活の試合前のような僅かな興奮が湧き上がってくる(それを滋養強壮剤の副作用ともいう:当社比)。

何ら興味のなかった、目の前の俺様イケメンであるタカシ氏にも俄然、興味が湧いてきた(気もしないでもない)。

せっかくのイケメンを観察するチャンスだ。

滋子の言っていた、イマジネーション(清乃の場合は妄想)を捗らせてみるのもやぶさかではない。

こちらから解散チャンスを与えたというのに、真面目なのか、律儀なのか、はたまた、滋子が怖いのか、タカシ氏はこのまま、お見合いもどきを続投の構えのようだ。

彼の気が変われば、いつでも解散は出来る。

さっきから人斬り(秘書)に狙われていることだし、時給5万円分の仕事を果たさないと、滋子に社会的に殺られる可能性は益々高くなってくるだろう。

偶然にもここはホテルだし、部屋が空いていれば、解散後、このまま泊まってしまえるという利点がある。

2時間で10万なんて詐欺的に美味しい仕事だけど、何らかの策略にはめられてはいないだろうか?

まあ、滋子が清乃を騙す利点があるとも思えないのだが、一泊10万のスイートルームにお泊まりもいいかもしれない、云々···。

「君の、その、目の前にいる人間を無視して意識を飛ばす態度は癖なのか?それとも趣味か?」

「否とも是とも言い難いといいますか、末路、というのが正解でしょうね」

「末路?」 

「仕事を趣味にした者の末路です。タカシさんもお気をつけあそばせ」

清乃は自嘲気味に笑うが、詳細を語るつもりはない。

結局、この会合?が、お見合いなのか何なのか、接待なのかも、清乃にはよくわからないが、先程、馴れ合うつもりもないとタカシ氏に言われたのだし、会うのも恐らく今日が最後だろう。

とにかく、目の前のタカシ氏が話すことに集中せねばと、清乃は気を引き締めた。

そうして、体感では5分程度の時間が過ぎただろうか?

「俺は腹が空いたのだが、このあと食事でもどうだ?」

「食事···ですか?」

「嫌ならいい」

「嫌では···ありませんが」

弾む会話もなく、流れに任せて窓越しの眼下に広がる日本庭園の鹿威しの音に聞き入っていると、ジッとこちらを見つめていたタカシ氏が、意外な提案をしてきた。

てっきり、タカシ氏は『時間の無駄だな』とかなんとか言って、解散を言い渡すだろうと高を括っていた清乃だったが、予想を裏切られて、ポカンと口を開けて呆けてしまった。

あまりの退屈さに、眠気が再燃していた、というのもある。

「その顔」

フッと笑った、無表情イケメンの代金フリースマイルの威力といったら、テンプレ通り、抜群の破壊力だったことはご想像通りである。


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