轍(わだち)〜その恋はお膳立てありき?
「社長、何度もお伝えしましたが、私は会社の利益や名誉のために結婚相手を選んだりはしません」

あんな我儘勘違いお嬢様は千紘には似合わない。

彼の絵を理解し心から愛する人物でなければ認めない、と清乃はウンウンと首を縦に振った。

「血統書のない負け犬はよく吠える。ならば当然、そちらの島崎家のお嬢様に執着はないのだろうな。フム···それならばいかがでしょう?お嬢さん、当村瀬家には千紘よりも何倍も優秀な長男がおりまして···」

しかし、千紘の抵抗の甲斐なく、このプライドの欠片すらない映二社長は、あろうことか、利益を計算して滋子の兄を清乃に薦めてきたではないか。

結果、清乃の一段下がったブラックギアが、更に三段ほど上がる結果に繋がった。

千紘のペンネームである狼犬《ウルハイ》が、狼と犬のハーフであることをもじって馬鹿にしているのだろうが全くもって許せない。

狼だろうと犬だろうと、狼犬だろうとみんな平等な命だ。

それぞれに誇りを持って生きている。

そう、みんな違ってみんないい、それがこの世の真理だ。

ブラック清乃は、腕を組んで肩幅に足を開くと偉そうに顎をしゃくって言った。

「私に媚びを売ってもなんの特もありませんよ。血筋なんてものには微塵も興味はありませんし、ましてや私は既に島崎家の遺産相続権を放棄しています。無理をして御縁を結んだとしてもそちらには何の特もないでしょう」

「何だ、血統ばかりの役立たずか···」

ボソリと聞こえないように呟いたつもりだろうが、映二社長の声は蔑みを孕んで清乃に届いていた。

言葉通り、清乃は島崎家の遺産相続権は放棄している。

しかし、祖父母から生前贈与として与えられたソコソコの財産を保有しているため利用価値はあるのだが、強欲ジジイにそこまで教えてやる義理はない。

鼻で笑う清乃と、蔑みの表情を隠さずに権力には平伏す映二社長。

平行線の睨み合いが続くと思われた最中、

「お父様、これ以上、私の友人達の前で恥を晒すのはおやめください。それでも続けたいというのなら、私はこの場で村瀬家との縁を切ります」

完全に闇落ちしそうなブラック清乃を正気に戻したのは、そんな滋子の爆弾発言だった。

縁まで切るとはこれ如何に?

「ほう、誰のお陰でお前の会社が軌道に乗ったと思っている。やれるものならやってみろ。そのうち泣きついてくるのは目に見えているがな」

まだ暴言を続けやがるか?!と怒り心頭の清乃は拳を握るが、その彼女をまたもや遮る影があった。

「今の言葉、首を長くして待っていましたよ。もう取り消しは無効です」

「君は···」

真顔の滋子の横に佇み、支えるように腰を抱き寄せた男、それは先程彼女と表舞台に立っていた渡瀬拓夢、その人だった。

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