轍(わだち)〜その恋はお膳立てありき?
渡瀬拓夢。

彼は大学時代に友人と立ち上げたIT企業が軌道に乗り、一躍、時の人となった、こちらもテンプレ成り上がりイケメンである。

卒業後、アニメやゲーム業界に参入し、コロナ禍の在宅ワークやステイホームの波も助け舟となって、確実にその業績を上げてきた。

その功績のヒントを惜しげもなく滋子に伝授し、名実ともに滋子の支えとなった渡瀬先輩。

しかし、血筋と名声を併せ持つことが全て、の映二は、江戸時代から続く農家を営む家系出の渡瀬は格下の存在だと見下し、娘を成功に導いてくれた事への感謝の心も持ち合わせていない、と滋子は嘆いていた。

江戸時代の格付けランキング"士農工商"に則れば、村瀬の“商”より、渡瀬の”農”の方が上のはず。

まあ、この格付けにもいろんな幕府の思惑もあるのだが、事実は事実だ。

血筋大好きの映二社長には無視できない事実であろうに、確実に奴は無視している。

「たった今、滋子は私の戸籍に入り、渡瀬滋子となりました。正式に役所に受理されましたので、滋子は村瀬の籍を抜けました」

「何を勝手なことを···。それに、お前たち二人はずっとここにいたではないか。本人達が提出しなければ婚姻届は無効ではないのか」

「本人達の直筆署名と印鑑があれば、代理人による提出も可能なのですよ。ご存知なかったのですね?それに、先程、あなた自身がやれるものならやってみろと仰ったのではないですか。僕達はそれに従ったまでです」

慌てふためく映二社長と違って、渡瀬は至って冷静だ。

「そ、そんな勝手なことをするなら今後一切我が社からの支援は···」

「設立当初から村瀬コーポレーションからの支援はもらっていませんよ。しかも当グローイングは既に渡瀬ITソリューションズの傘下に入っています。今後のことは、どうぞご心配なく。ついでに私自身のことも」

ニッコリと笑う滋子。

先程、表舞台で滋子に付き添っていた渡瀬の理由を『そのうちわかるだろう』と言った千紘のフラグ発言は、後のこの修羅場に繋がっていたのか、と清乃は納得した。

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