轍(わだち)〜その恋はお膳立てありき?
「それじゃあ、私達はもう行くね。休みを奪ったお詫びに有休休暇を3日延長するから、ゆっくりして行って」

「ありがとう」

渡瀬と千紘が温泉大浴場(リゾートスパというらしい)から帰還したのを合図に、滋子と渡瀬は自分達用のロイヤルスイートルームへと帰って行った。

考えてみたら二人にとって今日は新婚初夜である。

他人が考えることではないが、そこは周りも気を利かせなければ馬に蹴られるというものだ。

どちらかというと、滋子と渡瀬が、清乃と千紘に気を利かせている様にも見えるがどちらにせよ、お邪魔は禁物である。

早々に別れを告げて、お互いのプライベートを優先した。

「清乃もスパに入ったか?」

「うん。滋子と一緒に広いお風呂を満喫したよ」

外着から備え付けのルームウェアに着替えた千紘は、既にベッドに横になって休んでいた清乃の横に滑り込んだ。

「今日はみっともないところを見せたな。元々乗り気でないパーティだったのに追い打ちまでかけてすまなかった」

「ううん。来てよかったよ。あんなテンプレ悪役令嬢と悪徳商人に、私の大切な二人が馬鹿にされるなんて絶対に許されないことだから」

頬を膨らませる清乃は、ガルルと牙を剥くチワワのようでパーティの時のような迫力はない。

「とにかく清乃を本気で怒らせたらまずいってことだけはわかったよ」

「まあ、力はないから殆どがハッタリだけどね」

千紘の胸に顔を寄せ上目遣いをする清乃の瞳からは、千紘を心配する感情が見て取れた。

「ちーちゃんは大丈夫?傷付いてない?」

「ああ、清乃が庇ってくれたからな」

「あの人達、いつもああなの?」

「東原のお嬢様はよく知らないけど、村瀬社長は昔からあんな感じだな」

「感じ悪い人、嫌い」

スリスリと頭を千紘の胸に擦り付ける清乃を、千紘は優しく撫でてやった。

「あの人は、俺の、生物学上の親だ」

なんとなく、そんな気がしていた清乃は「うん」と一言答えると、千紘に続きを促した。

「義兄とも義妹とも立場は違う。俺の母親はあの人の愛人扱い。孤独の中、シングルマザーとして俺を産んだんだ」

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