轍(わだち)〜その恋はお膳立てありき?
「まあ、拗らせたコミュ障はなかなか克服できなくて、牛乳瓶眼鏡は手放せないまま清乃に会うことになったんだけどな」

そう言って微笑む千紘に、もう卑屈な様子は見られない。

テンプレと言えばテンプレなのかもしれないが、清乃は、あまりにも壮絶な千紘の過去に言葉も出せずに、ギュッと彼の背中を抱きしめることしかできなかった。

「キヨノンに会ってイラスト談議をすることが俺の夢だった。だから、なんとかして日本に行こうと画策した。その時に力を貸してくれたのが、春日夫妻とその息子の吏音だったんだ」

千紘のそばで援助をしてきた春日夫妻は、実は、人斬り春日···もとい、千紘の現秘書である春日吏音(かすがりおん)の両親だ。

吏音は小学生までは、両親と共にオランダで暮らしていたが、日本の学校に通いたいという思いが強く、中学生になってからは日本に単身で戻り、全寮制の男子校に通っていたらしい。

千紘とは、なんと乳兄弟になる関係だった。

それなのに、あの他人行儀な態度はフェイクなのだろうか?

それはここではおいておくとして···

とにかく、17歳になるまで一切わがままを言うこともなく引っ込み思案に育っていた千紘が初めて口にした希望。

それが日本への移住だった。

千紘の意思表示に感動した春日夫妻は、すぐさま日本にいる映二に連絡を取ったのだが。

「勝手にするがいい。しかし、日本で俺との血の繋がりを仄めかすことは一切許さない。千紘がオランダを出るというなら今後の資金援助は打ち切ることが条件だ」

映二の反応は、血も涙もない鬼の所業としか言えないものだった。

しかし幸運にも、千紘には隠れた才能があったのだ。

春日父が、将来千紘の役に立つかも、と彼が中学生の頃に教えた株式投資の知識を使って、千紘は映二から与えられていた月々の小遣いを元手に資産を拡大していたのである。

アンナが子を養育する能力がないと判断された際、当然、映二に親権を取るか、の打診があったが、彼は首を縦に振らなかった。

千紘の祖母はその頃すでに亡くなっていて、その他に近しい親戚も見当たらない。

よって、複雑な手続きを、何度も何度も繰り返して、千紘は春日夫妻の養子(成人までの一時的な約束)となったのだった。

未成年は株取引はできないが、親権者の同意を得て未成年口座を開設することができる。

そこで春日父は、千紘のためになるならと口座開設に同意をし、バックアップを惜しまなかった。

結果、千紘は順調に資産を拡大していった。

後は、どうやって日本で暮らしていくかだ。

当時オランダ日本人学校の高校2年生だった千紘は、日本の高卒認定試験を受けて日本の大学に進学することを選択した。

翌年、芸術関係の通信大学に進学した千紘だったが、春日家以外の日本人に知り合いがいないため、どうやって尋ね人"キヨノン"を探し出せばいいか、検討もつかなかった。

名前からはおそらく日本人だろうと推測されるが、日本びいきの外国人である可能性もある。

闇雲に時を重ねていく中、焦っていた千紘にも一筋の好機が訪れる。

それは、先に日本に帰国していた義兄である春日吏音から紹介されたある人物との出会い。

後の渡瀬ITソリューションズ社長、渡瀬拓夢への投資の誘いだった。

千紘が20歳の時のことであった。
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