轍(わだち)〜その恋はお膳立てありき?
「母さん」

千紘の呟きに、清乃は目を瞠る。

言われてみれば、美代子社長の後ろに隠れている女性は、髪の色や瞳の色が千紘とよく似ている。

異様に白い肌は日光にあたっていないことを示唆し、か細い手足は、彼女の儚げな雰囲気を助長させている。

美しくも心を病んでしまった、という話を十分に納得させる容姿だった。

「なぜアンナがここに?誰の許可を取ってアンナを連れ出した?!」

「本来、人が出歩くのに他人の許可はいらないのですよ、旦那様」

ニヤリと笑う美代子は、いつも映二社長を立てて一歩後ろに控えるおしとやかな婦人ではなかった。

自信あふれる姿は、もはや何かを振り切ったようにも見える。

「千紘か?千紘が話したんだな。私との関係は一切他言無用と言っていたのにやっぱり約束を破った。お前というやつはどこまで俺に迷惑をかける気だ」

美代子の言葉に、勝手な解釈をして千紘を責め続ける映二に、とうとう清乃の堪忍袋の緒が切れた。

「責任転嫁は止めてくださいませんか。私が人から聞いた通りの話なら、千紘さんがあなたに迷惑を欠けたことなど一度もなかったはず。そのモラハラな頭で一度じっくり振り返ってみてはいかがですか?」

清乃の挑発的な言葉に、映二の甲高い声が益々大きくなった。

「小娘の分際で何を偉そうに。ちょっと血筋が良いからと言って調子に乗るなよ」

「血筋、血筋。あなたの頭にはそれしかないのですか?そうそう、大声で威嚇するのもやめてくださいね。千紘さんのお母様と千紘さんが緊張してしまいますから」

美代子の後ろでカタカタと震え始めたアンナは小さく背中を丸めて縮こまっている。

清乃の腰を抱く千紘の肩もほんの少し震えているように感じられた。

それらは日常的なモラハラにさらされ続けてきた証拠。

“モラハラにはモラハラを”

“権力には権力を”

清乃は、今日ほど自分の家系の良さに感謝することはないだろうと天を仰いだ。


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