轍(わだち)〜その恋はお膳立てありき?
「アンナさん、千紘くん。周りがなんと言おうと、私も滋子もあなた達を恨んではいないわ。知らなかったことは事実ではあっても罪ではないの。だからどうか、力だけの脅しに屈したりはないで」

映二の亡くなった先妻に至っては、彼女自身も堂々と愛人を囲っており、お互いに了解のもとで政略結婚をしたのだと豪語していたほどだという。

つまり、アンナや千紘の罪悪感を抱く必要すらない。

彼らを苦しめてきたものの正体は、映二から受けてきた“モラハラの呪い”だったのである。

「アンナさんも千紘くんも、対面するのは初めてよね?怖いとは思うけど、一度向き合えば、後は何とかなると思うの」

小さな子供のようにプルプルと震えるアンナは、なかなか千紘を見ようとしない。

ここ数日、根気強く接してきた美代子には多少なりとも気を許しているらしい。

しかし、27年間育児放棄してきて、庇護するべき対象を見て見ぬふりをし続けたのだ。

罪悪感から息子を直視できないのは当然のことだとも思う。

「母さん···会えて嬉しいです」

そんな千紘の勇気を出した呟きは、アンナの心にまっすぐに届いた。

「絵を描いていれば、いつか母さんが見てくれるかも、俺の会いたい気持ちも届くかも、と思ってイラストをネット投稿し続けてきました。結果としては、周囲の助力が実を結んで実現したわけですが、こうして夢が叶ったこと、俺は嬉しく思います。元気そうで良かった」

ゆっくりと、一言一言紡いでいく彼の言葉に、アンナの見開かれた大きな瞳からポロポロと涙が溢れた。

「俺はこれから愛する人を守っていきます。決してあの人(映二)と同じ轍は踏みません。これからは母さんも守らせてくれませんか?」

そう言い切る千紘の腕は、もう少しも震えてはいなかった。
< 70 / 73 >

この作品をシェア

pagetop