素直になれない私たち
「用事、もう終わった?」
翔平の3歩分くらい後ろにいた私は、河野さんの周りがざわついて
いるところにあえて空気を読まず声を掛けた。翔平は私の方を振り
向いて2秒くらいじっとこちらを見つめ、小さくうんと頷いた。
「じゃあ、帰りますか」
そういうと、今度は河野さんがいる側とは逆の、翔平の右側に
移動した。もちろん彼女と視線なんて合わせない。ホントは
わざと河野さんに声を掛けることも考えたけど、それは意地が
悪すぎると思ったのでやめた。
私たちは河野さんを置き去りにして、その場を離れた。
後ろから『あの子が彼女なんじゃないの?』という声が聞こえて
くる。それが聞こえたからなのかはわからないけれど、翔平が
しばらくして私の左手を取った。驚いて翔平の顔を見上げると、
私の方を見ない代わりに私の左手を握る翔平の右手に少しだけ
力が入った。
「...お前の出る幕はなさそうだな」
一部始終を3年の教室から眺めていた純希先輩が呟いた。
窓際の一番後ろの席で『独り言なら俺に聞こえないように言えよ』
と谷口先輩が拗ねたように返す。
「俺はあかりが幸せならそれでいいんだよ」
窓の外を見ながら、谷口先輩は少しだけ口角を上げた。