素直になれない私たち
でもそんな夢のような時間は長く続かなかった。
2学期の始業式が終わって、私は翔平のクラスへと向かった。
夏休み後半の数日間は会えていなかったから、一緒に帰る約束をしていた
のだ。教室の近くまで来ると中で男女の話し声が聞こえてきて、開いていた
後ろ側の扉から中を覗き込むと信じられない光景が視界に入ってきた。
翔平に抱きつく女の子の後ろ姿。
そして数秒後、その子は翔平に抱きついてキスをした。
すぐにその子を引き離して唇を手で拭った翔平のしぐさを見て、本当にその子と
キスしてしまったんだと実感した。冷静になって考えれば、そこに翔平の意思が
ないことは明らかだったけど、好きな人が目の前で他の女の子にキスされている
のを見て普通でいられるほど私は大人ではなかった。
気づかれないようにその場を離れるのが精一杯だった。
その後のことはよく覚えていない。
どうやって家に帰ってきたのかも、どれだけ泣いたのかも。
夜になって、スマホの番号を変えたいと母に伝えたら、母は泣き腫らした
目をして電源を切ったスマホを握りしめる私を見て本当にそれでいいの?と
確認した。そして溢れる涙を我慢できずにぽろぽろと零しながら頷く私の頭を
軽くぽんぽんとたたき、『青春ねー』といいながらぎゅっと私を抱きしめた。