素直になれない私たち

「おー水上、こっち」


『水上』の名前を呼ぶ南の声に思わず一瞬背筋が伸びる。
近づいてくる足音に、心臓の音のトーンがワンランク上がった。
その人は立ったまましばらくの間南と話をして、やがて私の後ろの
席に着席した。


「あれ、そういえば三浦と水上って同中じゃね?」


「......」


南の余計な一言で私は後ろを振り向かなければならなくなった。

ゆっくり振り向くと、真っすぐこっちを見つめる水上翔平と目が合った。
気持ちが1年半前に引き戻されそうになるのを必死に堪えて、私は努めて
冷静に何てことない言葉を紡ぎだす。


「久しぶり」


目線を宙に浮かせて軽く会釈をし、すぐに前を向きなおそうとしたら、
南が続けて話しかけてきた。


「知り合い?」


「あーでも同じクラスにはなったことないから」


これで『存在は知っているけど友達というわけではない』と思われる
だろうか。そうすれば多少よそよそしくてもそんなに不自然ではない
はず。ナイス自分。


なるべく意識しないようにしたいのに、先生の話もあまり耳に入って
こなくて、翔平が後ろの席にいるというだけで私はこんなにも緊張して
いることを実感する。この1年、廊下ですれ違ったことくらいはあったけど、
話をする機会などはもちろんなく、特に共通の友達もなく過ごしてきたから、
あんな間近で翔平の顔を見たのはあの夏以来だった。大人っぽくなったのか、
それとも男っぽくなったのか、あの頃よりも少し痩せたように見えたけど、
柔らかい雰囲気は変わっていないと思った。


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