素直になれない私たち
じゃあな、といって再びママチャリに乗って遠ざかる姿を暫くの間
見送って、玄関のドアを開けようと振り向くと、ドアを少し開けた
状態でこちらを見ている(覗いている、ともいう)お母さんと目が
合った。
「なかなか帰ってこないと思ったら、誰なのあのイケメン」
「お母さん、私がケガしてること忘れてない?」
そんなことないわよ、といいながらもお母さんは谷口先輩のことが
気になって仕方ない様子で、家の中に入ってからも質問攻めにあった
のはいうまでもない。
『だからね、谷口先輩は晴夏の中学の先輩で、1年の時からお世話に
なってるの。それだけだからね?』
食事をしながら何度このセリフを繰り返したことか。
男っ気のない自分の娘が、関係性はどうあれ同じ学校の男子に送って
もらって帰宅するというのは、母親にとっては相当な事件だったらしい。
テンションが高いままのお母さんをなんとか振り切ってお風呂に入り、
上がってからふやけた複数の絆創膏を貼り替えていると、ピコン、と
ラインが着信した。
『明日、8時前に迎えに行く』
翔平からだった。迎えに来てくれるってどういうこと?返信する前に
また着信した。
『航平のチャリ借りたから、乗っけてく』
無駄話のない、用件だけのメッセージ。
それなのにこんなにドキドキするのはどうしてだろう。
『ありがとう』と一言だけ返して、私は包帯を巻きなおしてもらうのに
リビングへ戻った。