素直になれない私たち
私がその場に到着したのはその男がすでに去った後だった。
先生も交えて晴夏が状況を説明し、しばらくすると騒々しかったのが
ウソのように平穏さを取り戻し、この騒動に気づいていない生徒たちが
いつも通り校門を通り抜けていく。
「大丈夫?」
無意識に晴夏の右腕に自分の左腕を絡ませていた私は、改めて晴夏に
尋ねた。さすがにこんな騒動の後ではいつもの明るい晴夏とはいえな
かったが、それでも私に心配をかけないようにだろう。
「大丈夫」
そういって笑顔を見せた。
少し距離を取ったところに南と翔平が立っていて、南が左手の甲を
右手で軽く押さえていた。あの男と揉み合いになったときに引っかか
れ、血が滲んでいるように見えた。こっちも翔平に聞かれて『大丈夫』
と答えているようだった。
「私絆創膏持ってる」
そういってポーチから絆創膏を取り出すと、晴夏がそれもらっていい?
といって手に取り、そのまま南のところに向かった。
「手当てするからこっち来て」
そういうと、晴夏は南の腕をつかんで校舎の中に入っていった。
その場に残された形になった私と翔平は顔を見合わせる。
「大丈夫かな、晴夏」
「南に任せておけばいいんじゃないの。俺らが知らない中学時代の
吉沢を知ってんのはアイツだけだし」
しばらく考えてそうだね、と返事をし、後ろ髪を引かれながらも私と
翔平は2人を置いて一緒に学校を離れた。