素直になれない私たち
「なのにどうしてそんな気まずそうな顔してんの?」
「いや、別にそんなことは…」
そういって下を向く南に晴夏がたたみ掛けるように続ける。
「悪いことしてるわけじゃないんだから別に隠す必要なくない?」
「そうなんだけどさ」
南は空いている左手で自分の頭をガシガシとかくと、階段の5段ほど上に立つ
晴夏と視線を合わせた。
「なんか、晴夏には知られたくなかったんだよ」
再びうつむく南と目を丸くする晴夏。目の前にいるこの男はきっと自分が今
すごいことをいったという自覚はない。しばらく黙って、晴夏は階段をひとつ
ずつ降りて、南が立っているひとつ上のところで立ち止まった。
164センチの晴夏と175センチの南。
そこには階段ひとつ分の2人の距離。
そういえばまだいってなかった、と晴夏が呟いて、それに反応した南が顔を
上げた。
一瞬、2人の間にあった空気がふわりと揺れて、南の口元に柔らかい何かが
触れた。
「17歳の誕生日、おめでと」
いっとくけどこないだのお礼も兼ねてるからね、とすっかりいつもの調子に
戻った晴夏がくるりと向きを変えると、数秒のタイムラグを経てやっとキスを
したことに気づいた南が慌てふためいて階段を踏み外して足を捻るという痛恨の
ミスをしてしまい、借り物競争まで翔平に降りかかることになるとはさすがの
私も想像できなかった。