素直になれない私たち

試合が終わった後、私はなんの約束もしていないのに何となく翔平が
球場から出てくるのを待っていた。
関係者用出入口付近の出待ちにはうちの中学だけでなく他校の女子も
混じっていて、近づいてみるとスマホで撮ったと思われるお気に入りの
選手の写真を見せ合うなどの情報交換をしていた。『西中の水上』と
いう声が聞こえてきたとき、私は思わずその場を離れて球場入口の
門の陰に隠れた。


遠くが少し騒がしくなり、西中野球部が中から出てきたのが見えた。
何人かの部員が女子に話しかけられ足を止め、中には一緒に写真を取って
いる人もいた。案の定翔平も複数の女子に囲まれていて、なかなか前に
進めていないようだった。それでも彼らを何とか振り切って、誰かを
探しているような様子の翔平を見て、自意識過剰だと笑われるのを承知で
ラインした。


『門の外で待ってる』


門の陰でしゃがんでいた私の目の前に翔平が息を切らして現れたのは、
ラインを送ってほんの数分後。
私が立ち上がる前に翔平が荷物をそばに放り投げ、私の正面にしゃがみ
こんだ。


「おかえり」


今思えば『お疲れ様』とかもっと他にいうことはあったはずなのに、この
時はこの言葉しか出てこなかった。泥だらけのユニフォームから制服の
シャツに着替えて、相変わらず緩めに結んでいるネクタイ。半袖から伸びる
真っ黒に日焼けした腕や首元を見て、こんなに翔平って男っぽかったっけ、
と考える。


「ただいま」


そういって翔平はその両腕で私の体を包み込み、まるで私をずっと待っていた
かのようにぎゅっと抱きしめた。


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