不器用なあの子は、今日も一宮くんに溺愛されている。
「――はい、残念だね」
「……っ」
「掴まっちゃったね、伊都ちゃん」
「だって……っ、律くん本気で走ってくるからっ!」
新館1階の、廊下を真っ直ぐ走った先にある1番奥の古びた資料準備室へ逃げ込もうとした矢先、扉の目の前まで辿り着いた私をそれ以上進ませないと言いたげに、律くんは私の手を引いて待ったをかけた。
荒れた呼吸を肩で整える私と、息切れ1つしていない余裕な彼。
掴まってもなお、私は律くんと向かい合わないように努めた。
「なんでこっち向いてくれないの?伊都ちゃん」
「む、向けないです!せめて律くんの試合が終わるまでは……っ!」
「なんで?その理由は?」
「だ、だって」
本人の目の前で“最近の律くんの不運続きの原因は私のせいかもしれないです”と言ったところで「そんなのあり得ないでしょ」と思われればそれまでで、「心配しすぎだよ」と言われるときっとその通りなのだとも思う。