不器用なあの子は、今日も一宮くんに溺愛されている。
律くんが私の前を歩くその隙に、ササッと手櫛で前髪を整えてあとを追う。
今日からしばらく、律くんには会えない。
次会うとき、彼はコートの中にいて、私は応援席のベンチにいる。
そうなるのだと、思っていた。
「伊都ちゃんとこうやって2人で歩いてるとさ、昔クラブで一緒に買い出しに行った日のことを思い出すよ」
「買い出し、ですか?」
「うん。南野選手……いや、伊都ちゃんのお父さんがね?夏休みの暑い日に、“伊都と一緒にみんなの分のアイスを買ってきてやってくれないか”ってお金出してくれて、2人で買いに行ったんだよ。伊都ちゃん、帰りはアイスが解けちゃうから早く!って言いながら俺を引っ張って大慌てで帰ったんだけど……覚えてない?」
「当時の私ってばなんてことを……!でもすみません。私その当時の記憶が本当に曖昧で」
「ううん、大丈夫。俺が全部覚えてるから」
律くんはニッコリと笑って、「聞きたいことがあったら何でも言ってよ」と言って笑う。
私はその笑顔にさえ胸を躍らせて、律くんからスッと視線を逸らした。