不器用なあの子は、今日も一宮くんに溺愛されている。
うーん、と何かを考えるように目をグルリと回した彼は、少し経ってからパッと私の手を離した。
「分かった。諭吉ちゃんの意見を尊重するよ」
「あの、さっき助けてくださって本当にありがとうございました。一宮くんのおかげで試合再開もスムーズに行えましたし、本当に……」
「ねぇ諭吉ちゃん。"りつ"って言ってみて?」
「え?り、りつ……?」
「よく出来ましたソレ俺の名前ね、ハイよろしく。で、キミの名前は?」
「え、私は、えっと南野 伊都です。なんの、いと」
「へぇ、"いと"って読むんだ。伊都、伊都、伊都ちゃん……うん、やっぱりいい名前だね」
「やっぱり……?」
一宮くん……、じゃなくて律くんは無自覚なのだろうけれど、下の名前を呼ばれると無性に恥ずかしくなってしまう。
ポッと顔が赤くなっていく自分を悟られないように、照れ笑いを隠して視線を反らした。
律くんのそばにいると暑い。
いつもより数倍、暑く感じる。
「じゃあ、もう転んだり滑ったりしないようにね」
そう言った彼は、私の手から体育委員用の成績用紙を奪って去って行く。
「あ、戦績表……」
「伊都ちゃんの代わりに本部に持って行ってあげるから、早く怪我の治療行ってきなよ」
「で、でも」
「じゃあまたね、"伊都ちゃん"?」
背を向けてひらひら、と横に手を振る律くん。
募金箱の前で不運な出会いをしてしまってからというもの、この短期間にたくさん迷惑をかけてしまっていることをめいっぱい詫びながら、彼の優しさに少し……心が揺れた。