不器用なあの子は、今日も一宮くんに溺愛されている。








「うん、伊都ちゃん似合うね」

「律くん、私―――……」





“とっても幸せです”


そう言おうとしたとき、温かいしずくが私の頬を伝った。




「………あれ?」


「伊都ちゃん、泣いてる?」


「わああっ、大変止まらないっ。律くんのジャージが濡れちゃう」



無意識にポロポロと零れ落ちてくるしずくに対応できずに、とにかく一刻も早くジャージを汚さないようにと上げてもらったファスナーを下ろして脱ごうとすると、律くんはそれをそっと右手で阻止する。


「思いきり、泣いていいよ」と言いながら。





何年ぶりかの涙に、私自身も驚きを隠せない。


けれどずっと塞き止めていたそれは、一度流れると今度はもう止まることを知らないみたいに溢れ続けた。





私、泣けるようになったんだ。


涙をこぼすときなんて、きっとツラいことや悲しいことがあったときに出てくるものだと思っていたけれど、そうじゃなかった。



律くんの気持ちを聞いて、私の本音を伝えて、彼の大切なモノを着させてもらった【幸せ】という感情のときに出てくるんだってことを、初めて知った。






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