不器用なあの子は、今日も一宮くんに溺愛されている。
心底安堵したという様子の彼の声色と、頬を掴まれている手は温かい。
そしてもう一度冷たい風が吹いて乱れた私の髪を、今度は頬をなぞるようにそっと、耳にかけてくれたその行為がずっと長く感じて心地よかった。
律くんに触れるたび、当時の記憶が少しずつ蘇ってくる。
ここへ引っ越してきたばかりのころ、私も律くんのことをよく考えていた。
あのとき何も言えないまま別れて来てしまったことを悔んだりもした。
逆に、ここへ来て一番初めに出会った悠太くんに声をかけることができたのは、当時の律くんのマネをして大きく笑ってみせることが出来たから。
「……ありがとう、律くん」
―――私のことを、ずっと覚えてくれていて。
そんな昔の思い出と、忘れかけていた幼い日の感謝をめいっぱい詰めてそのひと言に込めた。
今考えると、こうしてまた彼と再会できたことが奇跡だと思う。
律くんはある程度選別はしたと言っていたけれど、それでも同じ高校に通えるなんてなかなかできることじゃない。
彼はソレを幸運だと言った。
あの言葉がずっと心の中に留まるくらい、嬉しかった。