エリート御曹司は極秘出産した清純ママを一途な愛で逃がさない
白鳥部長から偽恋人の打診を受けた、たった一週間後。
多忙な社長のスケジュールの都合で、急遽食事会が開かれることになった。

当日を迎えた朝。
私は早起きして念入りにスキンケアをし、昼食を軽く済ませるとワンピースに着替えた。

今日の食事会に備え、初めて入店した高級ブランド店で、店員にすすめられるがまま購入した紺色のワンピース。
上質で艶のある生地と、白い襟がポイントのレトロなデザインだ。

「普段着ないデザインだから、似合ってるのかよくわからないな……」

鏡の前で独りごちて着替え終えると、チェストの引き出しの中から濃紺の箱を取り出した。

正直、今でも躊躇っている。
私で務まるのか、不安が大きい。

けれども、私を偽恋人に選んでくれた理由が、素直にうれしかった。
それにこの高価な指輪をわざわざ用意するくらい、白鳥部長は本気で結婚を回避したいのだろうから、私も真剣に応じたいと思った。

私が白鳥部長の偽恋人だなんて恐れ多い。
それでも二年間会えなくなる前に、せめてお世話になった恩返しのつもりで任務を果たそう、と決意した。

「髪型は低い位置でふんわりシニヨンがいいかしら?」
「うん」

母に問われ、私は頷いた。

うちの実家は、母が美容室を営んでいる。地域の常連さんが多い、アットホームな店舗だ。

「メイクもプロにお任せします」

肩をすくめた私に、母がケープをかける。

「そう? それじゃ、落ち着いた感じにするわよ。高級ホテルだものね」

ヘアメイクを始めた母には、仕事の関係で上司とホテルディナーをする、とだけ伝えてある。

……嘘は吐いてないよね。

「仕事の関係ってもしかして、亜紀さんの送別会?」

母と鏡越しに目を合わせる。

前店長の亜紀さんは、今度再オープンさせるカフェバーが偶然うちの近所という縁もあり、母の美容室の常連さんだ。

「ううん、違うよ。仕事でちょっと偉い人と会わなきゃならなくて」
「へぇ。こんなにおしゃれしてデートじゃないなんて、なんだか気の毒ね」
「……はは」

顔が引きつる。
母に嘘を吐くのは胸が痛い。鏡の中の私は、自分でも呆れるほど盛大に目が泳いでいる。
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