エリート御曹司は極秘出産した清純ママを一途な愛で逃がさない
「いらっしゃいませ」

午前十一時の開店と同時に、お客さんがちらほらやって来る。
値段も手頃だし、ふわふわ食感のおにぎりも種類が豊富で人気だ。

「映美ちゃん、こんにちは」

出入り口の自動ドアが開き、入店した若い男性が片手を挙げた。

「こんにちは、沢田さん。いらっしゃいませ」

沢田さんは近くの書店で働いていて、休憩時間に買いに来てくれる。
私がここで働き始めた頃から毎日のように顔を合わせているので、すっかり気さくに話す仲だ。

「映美ちゃん、今日のオススメはなに?」

私と同じくらいの背丈の沢田さんが腰を屈め、お惣菜が並ぶケースの中を見る。

「今日は酢鶏です。さっぱりしていて美味しいのでオススメですよ」
「酢鶏かぁ。最近疲れが溜まってるから体にもよさそうだね」

黒縁フレームの眼鏡がよく似合っている沢田さんは、もとから細い目をさらに糸みたいにして穏やかに微笑んだ。
近くの書店は最近改装オープンして、売り場も広くなりなにかと忙しいらしい。

「そうですね。お体、労ってくださいね」
「うん、ありがとう」

梅干しと昆布のおにぎり、それからオススメの酢鶏と豆のサラダを容器に入れ、袋に詰めて会計をする。

「忙しくて家での食事が乱れがちだから、映美ちゃんみたいな優しい子が作ってくれたらうれしいんだけどね」

カウンター越しに顔を覗き込まれ、私は目を丸くした。

「えっ……」
「映美ちゃんがうちにお嫁にきてくれたら、ずっと健康で長生きできそうだよ」

お、お嫁に……? 冗談だよね?

厨房で作業している店長とパートさんの、「あらあら〜、積極的ね!」という冷やかす声が聞こえてくる。

冗談にしてもどう反応したらいいかわからず、私はヘラヘラ笑って片手を左右に振った。

「いやいや、私なんてそんな」
「真面目に考えてみてくれない?」

けれども、カウンターから身を乗り出した沢田さんの目は真剣だった。
他のお客様が来店し、自動ドアが開く。そちらに目をやろうとしたとき。

「俺ももういい歳だからそろそろ親を安心させたいし、映美ちゃんでもいいかなって。今度デートしようよ」

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