エリート御曹司は極秘出産した清純ママを一途な愛で逃がさない
お品物を差し出す私の手と、受け取る沢田さんの手が止まる。

「え、っと……」

一拍間があって、私は目線を泳がせた。

今は光太と日々の生活のことで頭がいっぱいで、デートなんて到底無理だ。
沢田さんは私のプライベートをなにも知らない。シングルマザーだと話したら、驚くだろうか。

それになにより、私はまだ次の恋なんて、考えられないよ……。

「あの、お気持ちはうれしいのですが……」

ごめんなさい、とつけ足して、ペコリと頭を下げたのとほぼ同時。
会計に並んでいた次のお客様の大きな影が、沢田さんの背後から浮き上がる。

「そんな陳腐な理由で彼女を口説かないでいただけますか」

そう低い声で発した相手を見上げるまでの時間が、やけにスローモーションに感じた。

目が合い、息が止まる。

嘘……本物?
夢を見ているの……?

「いきなり不躾ですみません。けど、聞き捨てならなかったもので」

硬い表情で続け、瞬きも忘れて呆然とする私を揺るぎない目線で射貫いた。

清都さんだ。

「な、なんだよあんた! いきなり失礼だろ!」

私と同様、いきなり話に割って入ってきた相手に驚いた沢田さんが声と息を荒げる。

「彼女は大切な女性です。あなたは妥協で口説いているのかもしれないけど、俺は映美じゃなきゃダメなんだ」

対して冷静な清都さんは怒気を含んだ声で言い、冷たい目で沢田さんを見下ろす。

「親孝行のためならお見合いでもしたらどうですか? もしも映美に本気なのであればこちらも正々堂々受けて立ちますが」

挑発めいた言い方をして、清都さんは顔を真っ赤にして閉口した沢田さんを澄んだ瞳で睨んだ。

私の手からビニール袋を奪い取り、沢田さんは俊敏に身を翻すと勢いよく店を出て行く。

「悪い、常連客をひとり失ったようだな」

そんな言葉とは裏腹に、清都さんには悪びれた様子など露ほどもない。

この突然の状況がまだ現実だと受け止められない私は、声帯がまったく機能せず、未だに声が出なかった。
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