エリート御曹司は極秘出産した清純ママを一途な愛で逃がさない
彼はいつも冷静沈着だ。
一緒に店舗で働いていた頃、混雑時もイレギュラーな事態があったときも常に落ち着いて対処していた。

けれども今はどうだろう。
私の言葉を遮るあたり、いつもとは違い、態度に焦燥が滲んでいる。

一体なぜ焦っているのだろう、と、頭の中に疑問符を浮かべたとき。

「これから部下を口説こうとしてるんだ。焦って当然だよな」

どこか自嘲気味に白鳥部長が言う。その双眸は深刻だった。

一方の私は瞬きを忘れ、ぱちりと目を見開く。

口説くって……私を⁉

「森名映美さん」
「は、はい⁉」

やや前のめりになり体ごとこちらに向けられ、私は肩を張り上げた。

「俺の恋人になってくれない?」

真剣な面立ちの白鳥部長が視界を満たす。

今、恋人とか言った?
聞き間違いじゃないよね?

金魚みたいに口をパクパクと開けるも、肝心の声は出ない。

頭の中が真っ白で、放心状態。

そんなあまりにも動揺している私から、白鳥部長は体を引いて間合いを取った。

「ごめん、言葉足らずだったな。一時的な恋人の振りでかまわないんだ」

一時的な恋人……?

白鳥部長の言葉を反芻する。
落ち着いた低い声はすんなりと耳になじむのに、言葉はまったく理解できない。

呆然とする時間がしばらくあってから、ようやく私の喉が機能する。
 
「こ、恋人の振りとは、どういうことでしょうか?」

私の質問に小さく息を吐き、白鳥部長はスツールに座り直した。

「俺は今、父に結婚させられそうなんだ」
「け……結婚?」
「ああ、相手は父の古い友人の娘さんでね」

カウンターの上で手を組む白鳥部長は肩をすくめ、私を見てため息交じりに微笑んだ。
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