エリート御曹司は極秘出産した清純ママを一途な愛で逃がさない
「結婚を回避するために、私が恋人の振りをするのですか?」

頭の中を整理しながら私は尋ねた。

「そうだ。きみに頼みたいのが、これなんだけど」

白鳥部長はジャケットの胸ポケットから小さな濃紺の箱を取り出す。
カウンターの上で滑らせ、その箱を私の前に移動させた。
 
「開けてもいいですか?」

おそるおそる手に取ってみる。

「ああ、もちろん」

艶のあるベルベット素材。なにやら高級そうな予感がする。

白鳥部長がうなずくのを見て、私は深呼吸をして蓋を開けた。

「うわあ……」

思わず息を呑む。

中に収まっていたのは大きなダイヤモンドの指輪で、まるで世界中のすべての光源かのように、美しく豪華に輝いている。

蓋の内側には、アクセサリーにあまり詳しくない私でも知っている有名なブランド名が記されていた。
普通に生活していたら、一生かけてもお目にかかれない代物だ。

「すごく綺麗ですね」
「それをつけて、両親との食事会に出るだけでいいんだ」
「へ?」

比類のないダイヤモンドの輝きから目を離し、私は拍子抜けした声を出した。

恋人というからにはデートして、ひょっとしたらスキンシップなんかも?と躊躇したけど……食事会に出るだけ?

「取り急ぎ両親に、今真剣に付き合っている恋人がいるとわかってもらえればいい」
「それだけで、縁談はなくなるのですか?」
「俺は両親にもう何度も断っている。そうしたら父が、結婚を前提に付き合っている彼女を目の前に連れて来たら破談を了承してもいい、と」
「はあ……」

なるほど。
それで破談した後、少し時間が経ったら"遠距離で擦れ違いうまくいかなくなった"とか適当な理由をつけて別れたことにすればいいと。

だいたいの事情は飲み込めたけれど、まだ疑問がひとつあった。

「なぜ私なのですか? 偽恋人を演じるのは、別に私じゃなくてもよいのではないでしょうか」

指輪ケースの蓋を閉めて白鳥部長に返す。

だって私と白鳥部長じゃあまりにも釣り合わない。
それに白鳥部長ほどの眉目秀麗を体現した人間ならば、美しく知性も併せ持つ適任の女性がすぐに見つかるはずだ。

それなのに、なぜ私に白羽の矢が立ったのか、皆目見当がつかなかった。
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