新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜

男の甲斐性

その場凌ぎのように仁には言ったものの、先のことなどまだ考える余裕すらなかった俺は、ただ漠然と単位を落とさないためにという気持ちだけでゼミ合宿に参加した。
梅雨時と重なって富士五湖の一つである山中湖も、辺り一面雨こそ降っていなかったが、水滴で視界の悪い濡れたフロントガラスを拭き取るように、何度もワイパーを作動させる。
雨と霧で木立もかなり幹に水分を含んでおり黒く見え、道路の轍の水をタイヤが撥ね付ける音を感じながら、ぼんやりと見えてきた案内板に大学の寮の文字を見つけ曲がると、何度か訪れたことのある風景に目的地が近いことを悟り、何となく安堵しながら細く舗装されていない道をゆっくり進みながら、先に到着していた車の横に並ぶように車を停めた。
「仁、着いたぞ」
助手席の仁はバイトの時間が不規則で最近寝不足らしく、それを知っているが故に敢えて起こすことはしなかったが、さすがに着いてしまったからには起こさない訳にはいかず声を掛けた。
「ん? 悪い……。寝ちゃってたな」
ドアを開けてぬかるんだ土を踏むと、同時に湿度を十分に含んだ冷気が頬を濡らし、六月だというのに標高が高いせいか寒ささえ感じられる。
「随分とまた、寒くないかぁ?寒すぎるよ」
仁がトランクの荷物を二つ持ちながら、ぼやいている。
「天気が悪いと、覿面だな。Thank you!」
仁から荷物を受け取り、視界が悪かったので昼間だというのにライトを付けていたため、ちゃんとライトを消したかどうかを確認し、車のドアをロックさせた。
今回のゼミ合宿は、三年と四年に分かれて幾つかの部屋に割り振りされていて、事前に仁とは同じ部屋だったので気分的には楽だったが、部屋に居るのは寝る時ぐらいなもので、部屋に戻っても、昼間は教授の講義とグループディスカッションが行われるため、翌日の講義に使う事前課題のまとめに、夜も自由時間は殆どない。
ゼミのメンバー全員が寮に到着し、夕食の前に集合が掛かって講義室に向かうと興味深い話を聞かされた。
「本日から三日間、皆さんと寝食を共にする訳ですが、四年生は就職活動の報告と展望、あと卒論の進行状況を。三年生は卒業後の進路の選択と卒論のテーマの概要を、それぞれ決めてもらいます。またせっかく四年生が就職活動の忙しい合間を縫って参加してくれている訳ですから、現在の企業採用に関する実態とアドバイスを出来るだけ三年生は吸い上げ得られるよう、実りある三日間にするように」
卒業後の進路と卒論のテーマの概要とか、他人事のようには言っていられないな。もうそんなに押し迫ってきている時期なのか……。
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