新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜

「鏡は、今の自分を正直に映すわ。幾らメイクで誤魔化したところで、自分にはハッキリとわかるはず。その日の自分が、どんな心構えで仕事場に来たか。目を背けるのは自由。でもそれは、同時に自分の地位も失うことになることも肝に銘じていた方がいいわ。せっかく掴みかけた栄光も、自分の手で壊す愚かな人はいないと思っていたけど、案外、居るのかもしれないわね。何でも他人のせいにして、現実逃避をして楽をして。その先に待っているものって、何なのかしら? せいぜい、楽しみに見物させて貰うわね」
そう言うと、ミサさんは控え室のドアを開けた。
「ごめんなさい。皆さん、お待たせして申し訳ありませんでした。急いでメイクお願いします」
「泉ちゃん。座って」
「あっ、はい」
鏡の前に座り、メイクされていく自分の顔をジッと見ていた。「鏡は、今の自分を正直に映すわ。幾らお化粧で隠したところで、自分にはハッキリとわかるはず」と、言ったミサさんの言葉が何度も頭の中を過ぎる。プロ意識に欠けた行動と言動。今の私は、ただの飲んだくれの二日酔いで現れただけの駄目な人間。現実から逃げて、貴博さんを失ったことの失意から、周りに当たり散らしていただけ。それじゃ、何も解決しないのに……。ミサさんが言った貴博さんとの約束の話には半信半疑だったけれど、ミサさんに言われて別れを選んだのではないと、貴博さん自身が自分で決めた別れだったと思えたし、そう思いたかった。
メイクさんが必死にカバーしてくれたお陰で、何とか撮影に支障をきたさずに済んだ撮影を終え、ミサさんには挨拶もしないままマネージャーの車に乗り込み、撮影現場を後にした。
「泉ちゃん。気を取り直して、ボイストレーニングに行こう。トレーナーには、僕からもう一度、お願いするから。」
「すいません。今日のボイストレーニングは、休ませて下さい」
「泉ちゃん……」
「ごめんなさい。家に向かってもらっていいですか?」
ボイストレーニングのトレーナーに言われた「歌に心もこもっていない」どころか、歌う気分にもなれなかった。貴博さんとミサさんの間に入ることなど出来ないほどの絆のようなものを、哀しいかな感じてしまった。
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