新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
貴博さんはどうかわからないけれど、ミサさんが貴博さんを思いやる気持ちが痛いほど伝わってきた。貴博さんのことを、ミサさんは私以上によくわかっている。付き合っていた年月からすれば当然のことなのだが、やはり悔しいような、虚しいような、貴博さんと私の間に立ちはだかる決して越えられないミサさんという壁の存在。不思議とマネージャーは、私を説得してボイストレーニングに連れて行こうとはせず、そのまま自宅へと向かってくれた。車から降りて挨拶もそこそこに部屋に入ると、力尽きて床に座り込んだ。キラキラと光るような武道館に立つ自分を夢見て、その夢を貴博さんに語ったあの頃。夢に近づく第一歩を踏み出した途端、その夢を真剣に聞いてくれた貴博さんは、もう私の隣には居ない。そんな夢ももうどうでもよくなって、周りに当たり散らして……。いろんなことが頭の中を駆け巡って、胸が苦しい。気を紛らわすために立ち上がって冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出そうと手を伸ばしたが、ミサさんの言葉が思い出されて缶を掴まずに冷蔵庫の扉を閉め、そのまま洗面所に向かって手を洗った。お酒に溺れて頼っても、また醜態晒すだけ。鏡に映った自分を見ると、怠惰な生活が生んだ結果が、鏡に映った自分のこの荒んだ状態を現している。「鏡は、今の自分を正直に映すわ。幾らメイクで誤魔化したところで、自分にはハッキリとわかるはず」と、言ったミサさんの言葉を思い出し、勢いよく蛇口を捻って冷たい水で顔を洗った。そして翌日から三日連続でボイストレーニングにも行かずに部屋に引き籠もっていたが、四日目の朝、まだ寝ているところをマネージャーにインターホンで起こされ、寝ぼけ眼のままドアを開けた。
「おはよう、泉ちゃん。すぐ支度して。事務所に行くから」
「事務所に?」
「三音の社長が、お呼びだ」
「おはよう、泉ちゃん。すぐ支度して。事務所に行くから」
「事務所に?」
「三音の社長が、お呼びだ」