新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
エッ……。
とうとう、来るべき時が来てしまったようだ。薄々、近いうちに呼ばれるだろうと予測していた。これだけボイストレーニングをさぼったり、撮影現場に二日酔いで行って、ミサさんに食って掛かったりして迷惑を掛けたり……。思い当たることが、山ほどある。
「はい。今、支度します」
あの日以来、お酒には手を出してはおらず、冷蔵庫にビールは入っていたが飲みたいとも思わなかった。三音の社長に何を言われても自業自得。ミサさんの嘲笑う姿が目に浮かんで唇を噛みしめたが、今、自分の置かれた立場を思えば仕方ないと思えた。掴みかけた夢を、自ら手放すなんて愚かだな。きっと……あっ……「貴博が、どんな思いで貴女に別れを告げたのか。貴女はわかっているの? それなのに貴女は……」と、目に涙を滲ませながら言っていたミサさんは、こうなることがわかっていた?貴博さんの思いを、私は……。
事務所の社長室に呼ばれ、久しぶりに入った社長室には、三音の社長とうちの社長。そして何処かで見たことがあるような男性が、ソファーに座っていた。
「掛けて」
「はい。失礼します」
マネージャーと一緒に座ったソファーのスプリングが柔らかく、沈むように背もたれの方に必然的に吸い寄せられ、慌てて背筋を伸ばして浅く座り直す。
「最近、あまり良い噂を聞かないのだが、ボイストレーニングもさぼっているそうじゃないか」
「すみません」
「心配して、三音の社長さんがお越し下さった」
「申し訳ありません」
もう居たたまれない。まな板の上の鯉のようだ。どう足掻いたところで、時すでに遅し。今更、どうにもならない。
「うちと専属契約を結んでいるミサが、どうにかして欲しいと泣きついてきた」
ミサさん……。三音の社長に、私のことを話したんだ。恐らく、この前の件だろう。相当、ミサさんのプライドを傷つけたから。
「ご期待に添えず、申し訳ありませんでした」
「ほぉ。辞めるのかね?」
待ってましたとばかりに、切り出された言葉。私から言い出すのを待っていたのだろう。
「せっかく頂いたお話でしたが至らずに、本当に申し訳ありません」
もう何もかも失ってしまった。貴博さんも、自分の夢も……。
「君の思いは、そんな程度のものなのかね?」
エッ……。
「たった一度の挫折ですぐに諦めてしまうような、そんな程度のものなのか。君の夢は」
「それは……」
顔をあげた私の目を、三音の社長が捉えていた。
「君の人生に挫折の二文字はあっても、悔悟の二文字はないのかね?」
悔悟の二文字……。