新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
ファイルを机の上に広げ、朝、立ち上げたパソコンのマウスを動かして待機状態になっていた画面を起動させながら座ろうとしたところに、新入社員の様子を見て回っているのだろう、経理に姿を見せた副社長が会計に近づいてきた。相変わらず、ゴマをするように後には主計担当部長と財務担当部長が控えている。経理部長がこの場に居ないのは、あの会長が出席した役員会議以降、素早く身の振り方を変えたようで、それまで改革反対派の副社長に付いていた経理部長だったが、改革推進派に鞍替えし、全面的にバックアップしてくれるようになっていたのだった。それ故に、会計監査の担当も新たに作ることに賛同し、社長にも話しを薦めてくれて、経理部長直轄という形にしてもらえた。二度目のスタートラインに立ったばかりの俺に、これから待ち受ける仕事はやり甲斐のあるもので、公認会計士冥利に尽きると思っている。期待と責任とやって当たり前という視線を一身に浴びながら立ち向かう覚悟は、あの日、公認会計士になろうと決心した日に出来ていたのだから。この仕事は、荷が重いとは決して思いたくはないし、そんな考えが浮かぶことすら自分で自分が許せない気がする。数字の裏に隠されたマジックを与信、つまり売掛債権を極力減らすことも必要だろう。だが、取引先との長年の付き合いなど、いろんな意味での柵がある故に、率先して協力してもらえるとは思えない。恐らく、議案に出せば、たちどころに皆、一様に自分のところだけは、それは出来ないと猛反発を食らうだろう。だが、それを打破しなければ改革は進まない。
パソコン画面で計算式を入れながら、自動計算させるようマクロを組んでいたが、左側から視線を感じて画面から目を離すと、何か言いたげな表情で矢島が立っていた。
「ん? 何?」
「あ、あの……13時から、経理部長のお話があるそうなので、中原さんと先に食事に行ってきます」
時計を見ると、12時になるところだ。
「あぁ、そうだったね。気づかなくて悪かった。行ってらっしゃい」
「は、はい。行ってきます。あっ……」
お辞儀をした彼女が、バランスを崩して机に手を突いた。
「大丈夫か?」
「あっ、はい。あぁっ!」
ん?