新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
体制を立て直した途端、彼女が狼狽えた表情でパソコンの画面を指さしている。見ると、パソコンの画面が真っ暗になっていて、すぐに足下を見ると、彼女がバランスを崩した理由が分かった。何故か、机の下の奥まったところに追いやってあったはずのコンセントに脚を引っかけたからだったのだ。しかし、その拍子で大元のコンセントが抜け、パソコンの電源が落ちてしまった。
「す、すみません。あの……本当にごめんなさい」
「大丈夫だ。そんな簡単にパソコンは壊れないし、多分、元々、コンセントが抜け掛かっていたのかもしれないし、矢島さんのせいじゃないから」
この月末に、事務所の配置換えを大々的にしたので、その際、コンセントがきちんと電源に入っていなかったのかもしれない。
「本当に、すみません……私……」
相当、落ち込んでいるのが手に取るようにわかる。慣れない新しい社会に出て、初めてのことばかりで緊張の連続で……。自分もそうだったことを思い出す。まして、初日だし。
「怪我がなくて良かった。社員食堂混むから、早く行かないと。中原。頼んだぞ」
「はい。矢島さん。行こう」
「はい。高橋さん。行ってきます」
中原に促されるようにして、やっと事務所から出て行こうとする彼女の後ろ姿を見ながら、その全身に不安と緊張感が漂っているように感じる。もう、俺一人で身軽に動けるポジションではないことを悟った気がする。それほど管理職研修ではピンと来るものがなかったが、部下の育成ということも忘れてはいけないのだ。真っ暗になった画面を見ながらコンセントを差し込み電源を入れると、普通にパソコンは起ち上がり、先ほどの計算式は流石に消失していたがまたマクロを組めばいいことで、幾らでも修正は出来る。あの矢島さんにも、もっと自信を持たせ、仕事は楽しいものなのだという達成感を、身をもって味あわせてあげなければいけないと切実に思えた。食事から帰って来たら、簡単な集計をしてもらおう。
そう思って請求書を纏めて彼女の机の上に置いたのだったが、食事から帰って来た彼女の目は真っ赤に染まっていた。