新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
「男の俺達には、わからない世界だな」
「はい。ですが……」
「わかってる。今度、そんな兆候が見られたら釘を刺すよ。中原。これからもフォロー、よろしくな」
「はい」
恐らく、二年目の中原からしてみたら歯痒かったのだろう。言い返せない年功序列の世界。そう簡単には、それを覆すことは出来ない。言いたくても言えない自分の立場。身の丈にあった行動を要求される社会通念。学生時代の俺と少しダブる。格好いいことを言ったとしても、所詮、学生の戯言ぐらいしか受け止めては貰えず、口では何とでも言えるということを、身をもって痛感させられた。喉の奥に、苦みを覚えるような突飛な行動に出たあの頃。若さ故……そんな簡単に片付けられるものでもなくて、まだ今でも俺は引きずっている。
しかし、彼女は何故、「いつもそうなんです。駄目なんです……」などと、諦めの境地といった自分を知り尽くしたような言い方を中原にしたのだろう。それが少し、俺の中では引っ掛かっていた。
「矢島さん。計算出来たら、これを一部ずつコピーしてきてくれるかな」
「はい」
書類を渡すと、目も合わせずに彼女は立ち上がって事務所内を見回すと、コピー機の場所へと歩いて行った。その後ろ姿は、見るからに自信なさそうで物事に対して怯えているようにも取れる。不安と期待に胸膨らませて今日を迎えたであろう新生活の門出は、前途多難といったところなのだろう。仕事は楽しく、やり甲斐のあるもの。苦難を乗り越えてこそ得られる満足感と達成感。その先にあるものは、下世話な言い方だが報酬。勤労と報酬のバランスは、どちらが勝っていてもいけない。労せずして得てはいけないものでもあり、報酬に見合った働きをしなければいけない責務と自覚が伴わなければならないのだが、身分相応な働きだけで満足するのではなく、向上心を持って常に一歩先を踏み出す努力も必要というもの。