新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
「……」
「誰も最初から出来る人間など居ません。私も、そして黒沢さんも、入社したばかりの頃は、矢島さんと同じようなものだったんじゃないでしょうか? 前途有望な新入社員の出鼻を挫くようなことこそ、それこそが無駄な労力と時間の無駄ではないですか?困っている人には、手を差し伸べる。手を差し伸べられた者は、その行為に甘んじることなく期待に応えられるよう切磋琢磨する。それが、仕事を円滑に進める手段と向上に繋がると思いませんか? 黒沢さん」
「おっしゃる……とおりだと思います」
「矢島さん」
「は、はい」
「矢島さんもわからないのなら、わからないとハッキリ意思表示をして、中原や俺だけではなく、そこら辺に居る人、誰でもいいから掴まえて聞かないと。周りにいる人達は全員、君の味方だから。聞く事は、恥ずかしいことでもなんでもない。聞かずに物事を進めるほうが危険であるし、それは秩序を乱すことにもなる。ここは新人の特権で、何でも聞くこと。わかったかな?」
「はい。すみませんでした」
「高橋さん。2番に、社長室からお電話です」
「はい。今、出ます。それじゃ、黒沢さん。あと、お願いします」
「はい。あっ、高橋さん。一つ教えて下さい」
「何でしょう?」
「高橋さんのお誕生日は、いつですか?」
ハッ? 誕生日?
「2月20日です」
それ以上の説明は不要と思い、その場を立ち去り、急いで自分の机へと戻る。コピーは後だ。社長室から電話とは、いったい……。
「お電話代わりました。高橋です」
「社長が、今すぐ社長室まで来て欲しいとおっしゃっておられますが、ご都合は如何でしょうか」
「そうですか。かしこまりました。すぐに伺います」
何となく、嫌な予感がする。始まったばかりの新生三カ年計画に、どうもどこか落とし穴があるような気がしてならないような、手放しでは喜べない何かが隠されているような気がしていた。それが何かと問われても、わからない。数字で弾かれた予測に基づいて進めているのだが、コンピューターの計算に誤差が生まれたとしても、それはごく僅差なこと。それぐらいは問題にもならないはず。俺は、何処かに大きな見落としをしているのかもしれない。
「失礼します」
社長室に入るのは、もう何度目だろう。その都度、緊張はするものの、今回のような不安に駆られた状態で訪れるのは初めてだ。社長室に呼ばれたからといって、一概に懸案を突きつけられると決まったわけではないのだが、何ともいえない胸騒ぎがしてならない今日は、いつもとは少し違う。
「忙しいところ、呼び出して悪いな。掛けて」
「はい。失礼します」
社長の表情からは、何も読み取ることは出来ない。豊富な経験と人格の差だろうか。俺には、まだそれを見極める術を知らない。
「時間ももったいないので、単刀直入に言う。我が社の子会社として株式を切り離したトラベルフーズの株が、どうも不穏な動きを示している」
不穏な動き?
「と、言いますと……」
「副社長夫人名義で、ここ何時間で大量に買い占められている」
大量に買い占められている?
「社長」
頷いた社長の表情を見て、初めて察することが出来た。今日から上場したトラベルフーズの株を、副社長夫人が買い占めている。これが意味するもの。それは……。