新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜

会長の言葉は何か含ませた言い方に聞こえ、それがまた副社長の逆鱗に触れたようだ。否、故意的なのかもしれない。会長の作戦とも取れる。
「副社長夫人が株式を買い占め、我が社に高値で買い取らせるというのは、容易に推察出来る。しかし、どうしてそういう手段に出たのか? また詳らかな事情があっての事なのかもしれないが、我が社に多大な損益を生むということは、副社長。容易く想像出来たのではないか?」
「とんでもない。妻がどのような意図で、トラベルフーズの株を買い占めたのかなど、私の知るところではないし、人の考える事など、会長の言われるような容易く想像など出来ませんよ。ハッハッハ……」
「ほぉお。副社長は、容易く想像など出来ないと言っている割には、夫人が買い占めたのかなどと発言するのは如何に? ただ株式を買うというだけのことに留まらず、買い占めるという語藁を敢えて使うとは、人の考える事など容易に想像がつくと言っているのと同じではないのかね?」
会長の洞察力もまた、社長に同じく鋭く隙がない。
「言葉の綾というものです。人の揚げ足を取るなどとは、会長にしては下世話な……」
「社長。採択を。会社に不利益を被らせる輩との会話など、時間の無駄だ」
「会長!失礼だ。今の言葉、撤回して下さい」
「では、採択を致します」
「待て。まだ話は終わっていない。会長。今の言葉の撤回を」
「社として、副社長夫人に対し民事訴訟を起こす事に賛成の方は、挙手をお願い致します」
寸暇の静寂の後、服の衣ずれる音と共に、副社長を除いた取締役が一斉に挙手をし出す光景を見て、鳥肌が立つほどだった。多かれ少なかれ、己の私利、私欲は誰にでもあるもので、この議決の先にあるものを見据えた保身の意思表示でもあるとも捉えられるほど、見事なまでの全員一致の採択であった。副社長の顔を見ると、顔面蒼白になりながら唇を震わせ、項垂れている。
「副社長。見ての通り、副社長夫人に対する民事訴訟を起こすことで全員一致した。万が一、我が社に夫人が高値で株式を買い取って欲しいというのであれば、それも良かろう。しかし、その不条理とも取れる取引に関し、それなりの損害賠償も発生するという事も忘れずにおられるように。という事を、夫人にお伝え下さい。トラベルフーズに於いては、大株主様になられる訳だから、たとえ我が社の副社長とはいえ、お伝えする際は、ご無礼や不手際のないようにお願いします」
まるで、副社長は単なる社の使者としての扱いに変わってしまった。組織というものは、その組織内で逸脱した行為を犯すと、往々にしてこうなる運命なのだろう。まざまざとその現場を見せつけられた俺は、また一つ良い経験が出来たと思う。
「それでは、ただ今を持ちまして、本日の臨時取締役会を終了致します。各取締役の皆様、お忙しいところお集まり頂きまして、ありがとうございました」
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