新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
秘書室長の会議終了の言葉で、それぞれ取締役は会話を交わしながら会議室を後にしていく。今後の事は弁護士と相談しながら、また先方の出方次第という事になるだろうが、ひとまずグリーンメールに関する措置は施せ、未然に防げそうな猶予を含み解決に向けて動き出し、安堵しながら事務所に戻ると、中原が待ちかねたように俺がまだ席に着くか、着かないかのうちに、隣に立った。
「おはよう」
「おはようございます。高橋さん。矢島さんから連絡がありまして、今日は休むと……」
「えっ? 具合でも悪いのか?」
昨日、入社したばかりの彼女の事が、少し気になっていた。今朝も元気よく、出社してくるだろうかと……。出社してきて欲しいとも、願っていた。その彼女が、会社を休んだ。気疲れからか?
「それが……」
中原?
言い淀んだ声に机の上の書類を片付けていた俺は、その表情を窺うのが憚られるような気持ちと共に、中原の顔をゆっくりと見上げた。
「どうした?」
中原は、自分に責があるかのように、落胆した表情で俺を見ていた。
「会社に行く自信がないので、休むと……」
自信がない?
「そう言ったのか?」
「はい。最初は皆、そうだからと励ましたつもりだったのですが……。話していくうちに、このまま仕事を続けていく自信がないと言い出してまして。それで高橋さんが会議で席に居ない旨を話して、もう一度、10時過ぎに高橋さん宛に電話をくれるよう、伝えました」
仕事を続けていく自信がないとは……。たった一日、出社しただけで、もう結論を出してしまうのだろうか。何故、そこまで自分を過小評価というか、すぐに結論付けてしまうほど、自信がないのだろうか。中原の話を聞きながら引き出しの中からファイルを取り出して、彼女の経歴書に記載されている住所を確認し、すぐに自分のシステム手帖のスケジュールを見ると、早朝の役員会の後の午前中は空欄になっていた。
「わかった。中原。一つ、頼まれてくれるか?」
経歴書に書かれた彼女の携帯電話の番号を、ジャケットの内ポケットに入れている小さめの手帖に書き留めた。
「はい。何でしょうか」
「矢島さんに電話をして、10時過ぎに俺の携帯電話に電話しろと言ってくれないか」
「はい……。高橋さん。今から、何処かに出掛けられるのですか?」
察しが早い中原は、ジャケットを着たままの俺が立ち上がったのを見て、すぐに聞き返してきた。
「あぁ、矢島さんの家に行ってくる」
「えっ? 今からですか?」
「そうだ。今から出れば、たとえ駅から自宅まで少し迷ったとしても、恐らく10時過ぎぐらいには彼女の家に着く。知らない番号から電話が掛かってきたら、彼女の性格からすると恐らく電話には出ないかもしれない。だとしたら、先に教えておいてくれた方が助かる」