新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
「居ま……せん」
「居ないのではなく、まだ気づいていないのかもしれないな」
「気づいていない?」
不思議そうな顔で俺を見た彼女は、そんな人は居ないといったような寂しげな表情を見せている。
「そうだ。自分にとって大切な大事な人間というのは、さっきも言ったとおり、自分だけ支えて貰っていては駄目なんだ。自分も相手を支えてこそ成り立つ。つまり、自分から心を開かなければ相手も開いてくれないというもの。一方通行では無理なんだよ」
「でも……こんな私をそんな風に思ってくれる人なんて、居ないと思います」
あくまで自分を卑下してしまうこの性格を、何とかさせたいな。
「いや、少なくとも俺は、二人は知っている。矢島さんを必要としている人をな」
「えっ……。二人?」
考え込んでしまうほどの彼女の性格は、やはり素直でピュアなのだろう。
「一人は、中原だ」
「い、中原さん……ですか?」
驚いた声をあげた彼女の瞳は、飛び出しそうなほど見開かれていた。
「あぁ、中原は心配してたぞ。昨日も今朝も。矢島さんの気持ちを、何とか解そうとして必死になってた」
「そんな……」
信じられないといった表情を浮かべた彼女だったが、中原の人柄を思い出したのか、ほんの僅かな時間だったが笑みを見せた。
「誰か一人でも自分のことを大切に大事に思ってくれている人が居る限り、自分はその人に応える義務があるとは思わないか? 否、思わなければ人として、俺はおかしいと思う。自分を支えようとしてくれている人の力が抜けてしまわないためには、同じように自分もその人を支えようと努力する。それが仕事であったとしてもだ。中原が矢島さんを支えようとして手を差し伸べてくれているその手を掴むのも、払い除けるのも矢島さんの自由だが、縁があって同じ会社の同じ部署になった中原の手を掴むことが、社会人としての第一歩でもあるんじゃないのかな? 今までの自分を変える意味でも」
「中原さん……」
右手でギュッと拳を造った彼女は、唇をまた噛みしめながら俺を見上げた。しかし、その潤んだ瞳の奥に、先ほどとは違う明るさが見えていた。
「高橋さん。私……」
「すべては、そこからじゃないのか?最初から全部をこなそうとして自分の存在意義を示すのではなく、自分のことを大切に大事に思ってくれる人の気持ちに応えることから始めたらどうだ?誰かのために全力を尽くすということは、結果的に自分のためになると俺は思う」
ここから先は、彼女が決めることだ。社会人としての自覚のなさと言ってしまえば、それで片付けられてしまうだろう。だからといってせっかく入った会社を、そう簡単に辞めてしまうことに二つ返事で荷担するようなことはしたくない。就職活動で不採用になった学生に対しても、失礼というものだ。しかし、今の彼女にこの台詞はまだ言えない。そこまで許容量がないだろう。
「高橋さん。私、世間というか、社会を舐めていたのかもしれません。このまま会社を辞めてしまったら、きっともう何処に就職しても同じような気がします。だから、もう一度……」